・・・ と肩を引いて、身を斜め、捩り切りそうに袖を合わせて、女房は背向になンぬ。 奴は出る杭を打つ手つき、ポンポンと天窓をたたいて、「しまった! 姉さん、何も秘すというわけじゃねえだよ。 こんの兄哥もそういうし、乗組んだ理右衛門徒・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・それに、客のではない。捻り廻して鬱いだ顔色は、愍然や、河童のぬめりで腐って、ポカンと穴があいたらしい。まだ宵だというに、番頭のそうした処は、旅館の閑散をも表示する……背後に雑木山を控えた、鍵の手形の総二階に、あかりの点いたのは、三人の客が、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・書画をたしなみ骨董を捻り、俳諧を友として、内の控えの、千束の寮にかくれ住んだ。……小遣万端いずれも本家持の処、小判小粒で仕送るほどの身上でない。……両親がまだ達者で、爺さん、媼さんがあった、その媼さんが、刎橋を渡り、露地を抜けて、食べものを・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・「臙脂屋を捻り潰しなさらねばなりますまいがノ。貴殿の御存じ寄り通りになるものとのみ、それがしを御見積りは御無体でござる。」「ム」「申した通り、此事は此事、左京一分の事。我等一党の事とは別の事にござる。」「と云わるるは。扨は何・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ 原は口髭を捻りながら笑った。 茶店の片隅には四五人の若い給仕女が集って小猫を相手に戯れていた。時々高い笑声が起る。小猫は黒毛の、眼を光らせた奴で、いつの間にか二人の腰掛けている方へ来て鳴いた。やがて原の膝の上に登った。「好きな・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・飛ぶがごとく駈け寄った要太の一と捻りに、この小さな生命はもう超四次元の世界の彼方に消えてしまったのであった。「鴫突き」を実見したのは前後にただこの一度だけであった。のみならず、その後にもかつて鴫突きの話を聞いた事さえない。従って現在高知・・・ 寺田寅彦 「鴫突き」
・・・そいつを、赤ん坊を引き裂いたように、最後の思い出として捻りつぶしたいだろう。そいつもむつかしくなるんだ。悶え始めるだろう。 お前は、肥っていて、元気で、兇暴で、断乎として殺戮をほしいままにしていた時の快さを思い出すだろう。それに今はどう・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・指南車を胡地に引き去るかすみかな閣に坐して遠き蛙を聞く夜かな祇や鑑や髭に落花を捻りけり鮓桶をこれへと樹下の床几かな三井寺や日は午に逼る若楓柚の花や善き酒蔵す塀の内耳目肺腸こゝに玉巻く芭蕉庵採蓴をうたふ彦根・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・暫く沈黙がつづいたが、しまいにその女のひとは思案にあまって投げすてたというように、コートにつつんで立っている体を捩り、「じゃ、何でもようございますわ、おみつくろい下されば……」と云った。「お弁当をお入れしましょうか」「ええ」主人・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・ 口では、まるで一ひねりに捻り潰してくれそうな勢で彼女を罵ることだけは我劣らじと罵る。 けれども、若しその公憤を具体化そうとでも云えば、彼等は互に顔を見合わせながら、「はあ…… 相手がわれえ……」と尻込みをして、一人一人・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫