・・・二葉亭の言分を聞けば一々モットモで、大抵の場合は小競合いの敵手の方に非分があったが、実は何でもない日常の些事をも一々解剖分析して前後表裏から考えて見なければ気が済まない二葉亭の性格が原因していた。一と口にいえば二葉亭は家庭の主人公としては人・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・そこで「国際資本団体は夢中になって、敵手から一切の競争能力を奪わんと腐心し、鉄鉱又は油田等を買収せんと努力している。而して、敵手との闘争に於ける一切の偶発事に対して独占団体の成功を保証するものは、独り植民地あるのみである。」だから、資本家は・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・の拍手のごとく、まことに小気味よく歩調だか口調だかそろっているようだが、じつは、最も憎悪しているものは、その同じ「徒党」の中に居る人間なのである。かえって、内心、頼りにしている人間は、自分の「徒党」の敵手の中に居るものである。 自分・・・ 太宰治 「徒党について」
・・・なんですか、とわが呆然たる敵手は、この時、夢より醒めたる面持にて老生に問い、老生は這い廻りながら、いや、入歯ですがね、たしかに、この辺に、などと呟いて、その気まりの悪さ。古今東西を通じて、かかるみじめなる経験に逢いし武芸者は、おそらくは一人・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・僕らの敵手は、いつも僕らを活気づけてくれますからね。飲みましょう。馬鹿者はね、ふざける事は真面目でないと信じているんです。また、洒落は返答でないと思ってるらしい。そうして、いやに卒直なんて態度を要求する。しかし、卒直なんてものはね、他人にさ・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・彼の敵手は決勝まぎわに腹痛を起こして惜敗したと伝えられている。 こういう種類の競技には登場者の体重や身長を考慮した上で勝敗をきめるほうが合理的であるようにも思われるが、そうしないところを見ると結局強いもの勝ちの世の中である。 食いし・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・芭蕉は実に敵手なきか。曰く、否。 芭蕉が創造の功は俳諧史上特筆すべきものたること論を竢たず。この点において何人かよくこれに凌駕せん。芭蕉の俳句は変化多きところにおいて、雄渾なるところにおいて、高雅なるところにおいて、俳句界中第一流の人た・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・トルーマン大統領の敵手であった共和党の候補者デューイ夫妻の意外さと、ギャラップその他の世論調査所の人々の長い顔とは、一九四八年の世界のユーモアとなった。最も真面目な教訓の一つでもあった。汗顔の至り、という東洋の適切な形容のことばを我身にひき・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・何時も、男性を敵手と思うからでも無いだろう。寧ろ、生理的にだか伝統によってだか女性全般に共通なあの奇妙な渺茫さ、どこやら急処でもう一息というような生活意識の不明瞭さ、それ等が少くとも原因の一部なのではないのだろうか。〔一九二五年七月〕・・・ 宮本百合子 「わからないこと」
・・・しかし敵手が人間になり、さらに自分の心になると、彼らはもう立派な戦士ではない。彼らの活動は真生の面影を暗示する。しかしそれは彼ら自身の生活ではなかった。彼らは低い力と戦っている時にのみ強いのであった。 私は複雑な、深さの知れぬ人生のいろ・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫