・・・ほんの新店でござります。」「もし、」 と、仕切一つ、薄暗い納戸から、優しい女の声がした。「端本になりましたけれど、五六冊ございましたよ。」「おお、そうか。」「いや、いまお捜しには及びません。」 様子を察して樹島が框か・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ちまわり、高津神社坂下に間口一間、奥行三間半の小さな商売家を借り受け、大工を二日雇い、自分も手伝ってしかるべく改造し、もと勤めていた時の経験と顔とで剃刀問屋から品物の委託をしてもらうと瞬く間に剃刀屋の新店が出来上った。安全剃刀の替刃、耳かき・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・晩に新店へでも行って来てあげるから。」 お昼から、お里が野良仕事の為初に、お酒と松の枝を持って畠へ行ったひまに、清吉は、寝床から這い出して、そっと、風呂敷を開けて見た。 最初、借りて来たまゝの反物が包んである。金目から勘定すると、十・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・何処で買ったかと聞いたら、町の新店にこんな絵や、もっと大きな美しいのが沢山に来ている、ナポレオンの戦争の絵があって、それも欲しかったと云う。 家へ帰って夕飯の膳についても絵の事が心をはなれぬ。黄昏に袖無を羽織って母上と裏の垣で寒竹筍を抜・・・ 寺田寅彦 「森の絵」
出典:青空文庫