・・・ 宇平の姉りよは叔母婿原田方に引き取られてから、墓参の時などには、樒を売る媼の世間話にも耳を傾けて、敵のありかを聞き出そうとしていたが、いつか忌も明けた。そこで所々に一二箇月ずつ奉公していたら、自然手掛りを得るたつきにもなろうと思い立っ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ 下 夜は根城を明け渡した。竹藪に伏勢を張ッている村雀はあらたに軍議を開き初め、閨の隙間から斫り込んで来る暁の光は次第にあたりの闇を追い退け、遠山の角には茜の幕がわたり、遠近の渓間からは朝雲の狼煙が立ち昇る。「夜はは・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ 灸は部屋の中へ這入ると暫く明けた障子に手をかけて立っていた。女の子は彼の傍へ寄って来て、「アッ、アッ。」といいながら座蒲団を灸の胸へ押しつけた。 灸は座蒲団を受けとると女の子のしていたようにそれを頭へ冠ってみた。「エヘエヘ・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・夜中に開くのもある。明け方に音がするというのは変な話だという。そういわれてみると、蓮の花が日光のささない時刻に、すなわち暗くて人に見えずまた人の見ない時刻に、開くのであるということ、そのために常人の判断に迷うような伝説が生じたのであるという・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫