・・・「いや、衣食は春秋二度ずつ、肥前の国鹿瀬の荘から、少将のもとへ送って来た。鹿瀬の荘は少将の舅、平の教盛の所領の地じゃ。その上おれは一年ほどたつと、この島の風土にも慣れてしまった。が、忌々しさを忘れるには、一しょに流された相手が悪い。丹波・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・僕は機械的にしゃべっているうちにだんだん病的な破壊慾を感じ、堯舜を架空の人物にしたのは勿論、「春秋」の著者もずっと後の漢代の人だったことを話し出した。するとこの漢学者は露骨に不快な表情を示し、少しも僕の顔を見ずに殆ど虎の唸るように僕の話を截・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ なき、その母に手を曳かれて、小さな身体は、春秋の蝶々蜻蛉に乗ったであろう。夢のように覚えている。「それはそれは。」 と頷いて、「また、今のほどは、御丁寧に――早速御仏前へお料具を申そう。――御子息、それならば、お静に。……・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
若い蘇峰の『国民之友』が思想壇の檜舞台として今の『中央公論』や『改造』よりも重視された頃、春秋二李の特別附録は当時の大家の顔見世狂言として盛んに評判されたもんだ。その第一回は美妙の裸蝴蝶で大分前受けがしたが、第二回の『於母影』は珠玉を・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ん 星斗満天森として影あり 鬼燐半夜閃いて声無し 当時武芸前に敵無し 他日奇談世尽く驚く 怪まず千軍皆辟易するを 山精木魅威名を避く 犬村大角猶ほ遊人の話頭を記する有り 庚申山は閲す幾春秋 賢妻生きて灑ぐ熱心血 名父死して留・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・一ぴきやるのにも、もらい手がなくて、そんなに困るのに、毎年、春秋幾ひきも子供を産んだらどうするつもりです。やはり、しかたがないから、そのたびに捨てなくてはなりません。だから、はじめから飼わんほうがいいのです。」 誠さんは、お父さんのおっ・・・ 小川未明 「僕たちは愛するけれど」
・・・』先夜ひそかに如上の文章を読みかえしてみて、おのが思念の風貌、十春秋、ほとんど変っていないことを知るに及んで呆然たり、いや、いや、十春秋一日の如く変らぬわが眉間の沈痛の色に、今更ながらうんざりしたのである。わが名は安易の敵、有頂天の小姑、あ・・・ 太宰治 「喝采」
・・・以来、十春秋、日夜転輾、鞭影キミヲ尅シ、九狂一拝ノ精進、師ノ御懸念一掃ノオ仕事シテ居ラレルナラバ、私、何ヲ言オウ、声高ク、「アリガトウ」ト明朗、粛然ノ謝辞ノミ。シカルニ、此ノ頃ノ君、タイヘン失礼ナ小説カイテ居ラレル。家郷追放、吹雪ノ中、妻ト・・・ 太宰治 「創生記」
・・・生きて甲斐ない身の上だ、むかし春秋戦国の世にかの屈原も衆人皆酔い、我独り醒めたり、と叫んでこの湖に身を投げて死んだとかいう話を聞いている、乃公もこの思い出なつかしい洞庭に身を投げて死ねば、或いは竹青がどこかで見ていて涙を流してくれるかも知れ・・・ 太宰治 「竹青」
・・・幾春秋、忘れず胸にひめていた典雅な少女と、いまこそ晴れて逢いに行くのに、最もふさわしいロマンチックな姿であると思っていた。私は上衣のボタンをわざと一つむしり取った。恋に窶れて、少し荒んだ陰影を、おのが姿に与えたかった。 Aという、その海・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
出典:青空文庫