・・・雨は小休なく降り続けていた。昼餉の煙が重く地面の上を這っていた。 彼れはむしゃくしゃしながら馬力を引ぱって小屋の方に帰って行った。だらしなく降りつづける雨に草木も土もふやけ切って、空までがぽとりと地面の上に落ちて来そうにだらけていた。面・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ おのずからなる石の文理の尉姥鶴亀なんどのように見ゆるよしにて名高き高砂石といえるは、荒川のここの村に添いて流るるあたりの岸にありと聞きたれば、昼餉食べにとて立寄りたる家の老媼をとらえて問い質すに、この村今は赤痢にかかるもの多ければ、年・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・とある家に入りて昼餉たべけるに羹の内に蕈あり。椎茸に似て香なく色薄し。されど味のわろからぬまま喰い尽しけるに、半里ほど歩むとやがて腹痛むこと大方ならず、涙を浮べて道ばたの草を蓐にすれど、路上坐禅を学ぶにもあらず、かえって跋提河の釈迦にちかし・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・ 昼餉を食うて出よとすると偶然秀真が来たから、これをもそそのかして、車を並べて出た。自分はわざと二人乗の車にひとり横に乗った。 今年になって始めての外出だから嬉しくてたまらない。右左をきょろきょろ見まわして、見えるほどのものは一々見・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・須坂にて昼餉食べて、乗りきたりし車を山田まで継がせんとせしに、辞みていう、これよりは路嶮しく、牛馬ならでは通いがたし。偶牛挽きて山田へ帰る翁ありて、牛の背借さんという。これに騎りて須坂を出ず。足指漸く仰ぎて、遂につづらおりなる山道に入りぬ。・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・ 或日、昼餉を終えると親は顎を撫でながら剃刀を取り出した。吉は湯を呑んでいた。「誰だ、この剃刀をぼろぼろにしたのは。」 父親は剃刀の刃をすかして見てから、紙の端を二つに折って切ってみた。が、少し引っかかった。父の顔は嶮しくなった・・・ 横光利一 「笑われた子」
出典:青空文庫