・・・硝子窓の外は風雨吹暴れて、山吹の花の徒らに濡れたるなど、歌にでもしたいと思う。 躑躅は晩春の花というよりも初夏の花である。赤いのも白いのも好い。ある寺の裏庭に、大きな白躑躅があって、それが為めに暗い室が明るく感じられたのを思い出す。・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・そうしてその恐ろしさは単に落雷が危険であるからという功利的な理由からよりも、むしろ超自然的な威力が空一面に暴れ廻っているように感じられるためであった。中学校、高等学校で電気の学問を教わっても、この子供の頭に滲み込んだ恐ろしさはそう容易くは抜・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
・・・ 星の世界の住民が大砲弾に乗込んで地球に進入し、ロンドン附近で散々に暴れ廻り、今にも地球が焦土となるかと思っていると、どうしたことか急にぱったりと活動を停止する。変だと思ってよく調べてみると、星の世界には悪い黴菌がいないために黴菌に対す・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・函館の連絡船待合所に憐れな妙齢の狂女が居て、はじめはボーイに白葡萄酒を命じたりしていたが、だんだんに暴れ出して窓枠の盆栽の蘭の葉を引っぱったりして附添いの親爺を困らせた。それからしゃがれた声で早口に罵りはじめ、同室の婦人を指しては激烈に挑戦・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・それは炭坑の底に働いている坑夫に、天気が晴れているのか暴れているのかが分らないのと同様である。それで扇の動き方でその日の暑さを知ったというのは、雁行の乱るるを見て伏兵を知った名将と同等以上であるのかもしれない。しかしおそらくこれはすべての役・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・れからこの颱風の中心は土佐の東端沿岸の山づたいに徳島の方へ越えた後に大阪湾をその楕円の長軸に沿うて縦断して大阪附近に上陸し、そこに用意されていた数々の脆弱な人工物を薙倒した上で更に京都の附近を見舞って暴れ廻りながら琵琶湖上に出た。その頃から・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・焼け出された裸馬が、夜昼となく、屋敷の周囲を暴れ廻ると、それを夜昼となく足軽共が犇きながら追かけているような心持がする。それでいて家のうちは森として静かである。 家には若い母と三つになる子供がいる。父はどこかへ行った。父がどこかへ行った・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・田舎小屋の舞台の上で重吉は縦横無尽に暴れ廻り、ただ一人で三十人もの支那兵を斬り殺した。どこでも見物は熱狂し、割れるように喝采した。そして舞台の支那兵たちに、蜜柑や南京豆の皮を投げつけた。可憫そうなチャンチャン坊主は、故意に道化けて見物の投げ・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・それまでは、豆腐ん中に頭を突っ込んだ鰌見たいに、暴れられる丈け暴れさせとくんだ。―― セコンドメイトが、油を塗った盆見たいに顔を赤く光らせたのから、私は、彼の考えを見てとった。 私とても、言葉の上の皮肉や、自分の行李を放り込む腹癒せ・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・「へべれけになって暴れられて堪るもんですか、子供たちをどうします」 細君がそう云った。 彼は、細君の大きな腹の中に七人目の子供を見た。 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
出典:青空文庫