・・・それに、陣痛の苦しみを味わった原稿だと思えば、片輪に出来たとはいえ、やはりわが子のように可愛く、自分で持って行って、書留の証書を貰って来なければ、安心出来ないという気持もあった……。電車はなかなか来なかった。 新吉はベンチに腰掛けながら・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ 朝飯を済まして、書留だったらこれを出せと云って子供に認印を預けて置いて、貸家捜しに出かけようとしている処へ、三百が、格子外から声かけた。「家も定まったでしょうな? 今日は十日ですぜ。……御承知でしょうな?」「これから捜そうとい・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・ございましたので、二、三日、様子を見て、それから貴方へ御寄稿のお礼かたがた、このたびの事件のてんまつ大略申し述べようと思って居りましたところ、かれら意外にも、けさ、編輯主任たる私には一言の挨拶もなく、書留郵便にて、玉稿御返送敢行いたせし由、・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・彼はその書留を受けとったとき、やはり父の底意地のわるさを憎んだ。叱るなら叱るでいい、太腹らしく黙って送って寄こしたのが気にくわなかった。十二月のおわり、「鶴」は菊半裁判、百余頁の美しい本となって彼の机上に高く積まれた。表紙には鷲に似た鳥がと・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・「郵便屋さんですよ。玄関まで。」宿の女中に、そう言われて起された。「書留ですか?」私は、少し寝呆けていた。「いいえ、」女中も笑っていた。「ちょっと、お目にかかりたいんですって。」 やっと思い出した。きのう一日のことが、つぎつ・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・ 二、三日経ってから、私のあの二通の手紙が大きい封筒にいれられて書留郵便でとどけられました。私には、まだ、かすかに一縷の望みがあったのでした。もしかしたら、私の恥を救ってくれるような佳い言葉を、先生から書き送られて来るのではあるまいか。・・・ 太宰治 「恥」
・・・学生が郵便配達をつかまえて、ビールの息とシガーの煙を吹きかけながら、ことしもまたうんと書留を持って来てくれよなどと言って困らせている。ふざけて抱き合う拍子にくわえたシガーが泥の上へ落ちたのを拾ってはまた吸っています。プラッツのすみのほうに銅・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 神さんと二人で午飯を食っていると亭主が代言人の所から帰って来て神さんに、御前一つ手紙をかいて差配の所へ郵便でやれ書留にしなくてはいかんといってまた出て行った。神さんはサラサラ何か書き始める。どんな手紙をかくか少々見たい心持でもある。や・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
十月二十五日。 いよいよモスクワ出立、出立、出発! 朝郵便局へお百度を踏んだ。あまり度々書留小包の窓口へ、見まがうかたなき日本の顔を差し出すので、黄色いボヤボヤの髪をした女局員が少しおこった声で、 ――もうあな・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・七日に間に合うよう、電報をして、品物を揃え、母上から隆治さんに渡していただきましたが、ウィスキーや、磁石は、もしないといけないと思って、小包で島田宛送って置きました。書留小包にすると、割合早く、確に着きますから、二十五日頃もし出発が実現して・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫