・・・この子の机のそばには、本箱なぞも置いてあって、農民と農村に関する書籍の入れてあるのも私の目についた。 その日は私は新しい木の香のする風呂桶に身を浸して、わずかに旅の疲れを忘れた。私は山家らしい炉ばたで婆さんたちの話も聞いてみたかった。で・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・「ええ、まあボツボツ集めてます……なんにも子供に遺して置く物もありませんから、せめて書籍でも遺そうと思いまして……」 大尉は黒い袴の中へ両手を差入れながら笑った。 その日、高瀬は始めて広岡理学士に紹介された。上田町から汽車で通っ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・香、扇子、筆墨、陶器、いろいろな種類の紙、画帖、書籍などから、加工した宝石のようなものまで、すべて支那産の品物が取りそろえてあったあの店はもう無い。三代もかかって築きあげた一家の繁昌もまことに夢の跡のようであった。その時はお三輪も胸が迫って・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・人から借りていた書籍はそれぞれ返却し、手紙やノオトも、屑屋に売った。「晩年」の袋の中には、別に書状を二通こっそり入れて置いた。準備が出来た様子である。私は毎夜、安い酒を飲みに出かけた。Hと顔を合わせて居るのが、恐しかったのである。そのころ、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・菊代の兄、奥田義雄は、六畳間の縁側にしゃがんで七輪をばたばた煽ぎ煮物をしながら、傍に何やら書籍を置いて読んでいる。斜陽は既に薄れ、暮靄の気配。第一場と同じ日。(洗濯物を取り込み、それを両腕に一ぱいかかえ、上手あら・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・葡萄の一かご、書籍、絵画、その他のお土産もっていっても、たいてい私は軽んぜられた。わが一夜の行為、うたがわしくば、君、みずから行きて問え。私は、住所も名前も、いつわりしことなし。恥ずべきこととも思わねば。 私は享楽のために、一本の注・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・五 この男の勤めている雑誌社は、神田の錦町で、青年社という、正則英語学校のすぐ次の通りで、街道に面したガラス戸の前には、新刊の書籍の看板が五つ六つも並べられてあって、戸を開けて中に入ると、雑誌書籍のらちもなく取り散らされた室・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・動力工場の成り立ち、機関車、新聞紙、書籍、色刷挿画はどうして作られるか、発電所、ガラス工場、ガス製造所にはどんなものがあるか。こんな事はわずかの時間で印象深く観せる事が出来る。更に自然科学の方面で、普通の学校などでは到底やって見せられないよ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・残念ながらわが国の書店やデパート書籍部に並んでいるあの職人仕立ての児童用絵本などとは到底比較にも何もならないほど芸術味の豊富なデザインを示したものがいろいろあって、子供ばかりかむしろおとなの好事家を喜ばすに充分なものが多数にあった。その中に・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・ 博文館なるものはここに説くまでもなく、貴族院議員大橋新太郎という人を頭に戴いて、書籍雑誌類の出版を営業としているものである。ふらふらと僕の家へやって来た女は一時銀座の或カッフェーに働いていた給仕人である。本屋と女給とは職業が大分ちがっ・・・ 永井荷風 「申訳」
出典:青空文庫