・・・若い外交官の月給などは高の知れたものですからね。 主筆 じゃ華族の息子におしなさい。もっとも華族ならば伯爵か子爵ですね。どう云うものか公爵や侯爵は余り小説には出て来ないようです。 保吉 それは伯爵の息子でもかまいません。とにかく西洋・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・二十八日の月給日に堀川教官殿と書いた西洋封筒を受け取るのにはかれこれ二週間も待たなければならぬ。が、彼の楽しみにしていた東京へ出かける日曜日はもうあしたに迫っている。彼はあしたは長谷や大友と晩飯を共にするつもりだった。こちらにないスコットの・・・ 芥川竜之介 「十円札」
・・・彼らはじつにその生涯の勤勉努力をもってしてもなおかつ三十円以上の月給を取ることが許されないのである。むろん彼らはそれに満足するはずがない。かくて日本には今「遊民」という不思議な階級が漸次その数を増しつつある。今やどんな僻村へ行っても三人か五・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・に堪えざる伯父の言を渠の耳に入れじとなるを、伯父は少しも頓着せで、平気に、むしろ聞こえよがしに、「あれもさ、巡査だから、おれが承知しなかったと思われると、何か身分のいい官員か、金満でも択んでいて、月給八円におぞ毛をふるったようだが、そん・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・私が云うと、月給が取れなくなったのを気にするようで口惜しいから、何にも口へは出さなかったけれど、貴方、この間から鬱いでいるのはその事でしょう。可いじゃありませんか。蹈んだり蹴たりされるのを見ちゃ、掏賊だって助けまいものでもない、そこが男よ。・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・「どうせ、二、三十円の月給取りだろうが、そんな者の嬶アになってどうするんだ?」「お前さんのような借金持ちよりゃアいい、わ」「馬鹿ァ言え!」「子供の時から知ってる人で、前からあたいを貰いたいッて言ってたの――月給は四十円でも、・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・十五円はウソじゃアあるまいが、沼南の収入は社の月給ばかりじゃなかろう。コッチは社から貰う外にドコからも金の入る道はないンだぜ、」と、沼南に逆さに蟇口を振って見せられた連中は沼南の口先きだけの同情をブツクサいっていた。三 それ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・当時の文学革新は恰も等外官史の羽織袴を脱がして洋服に着更えさせたようなもので、外観だけは高等官吏に似寄って来たが、依然として月給は上らずに社会から矢張り小使同様に見られていたのである。 坪内氏が相当に尊敬せられていたのは文学士であったか・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・金さんの話で見りゃなかなか大したものだ、いわば世界中の海を跨にかけた男らしい為事で、端月給を取って上役にピョコピョコ頭を下げてるような勤人よりか、どのくらい亭主に持って肩身が広いか知れやしねえ」「本当にね、私もそう思うのさ。第一気楽じゃ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 最初の月給日、さすがにお君の喜ぶ顔を想像していそいそと帰ってみると、お君はいなかった。警察から呼出し状が出て出頭したということだった。三日帰ってこなかった。何のための留置かわからなかったが、やつれはてて帰ってきたお君の話で、安二郎の脱・・・ 織田作之助 「雨」
出典:青空文庫