・・・ペテロやヨハネやバルトロマイ、そのほか全部の弟子共は、ばかなやつ、すでに天国を目のまえに見たかのように、まるで凱旋の将軍につき従っているかのように、有頂天の歓喜で互いに抱き合い、涙に濡れた接吻を交し、一徹者のペテロなど、ヨハネを抱きかかえた・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・わが名は安易の敵、有頂天の小姑、あした死ぬる生命、お金ある宵はすなわち富者万燈の祭礼、一朝めざむれば、天井の板、わが家のそれに非ず、あやしげの青い壁紙に大、小、星のかたちの銀紙ちらしたる三円天国、死んで死に切れぬ傷のいたみ、わが友、中村地平・・・ 太宰治 「喝采」
・・・この百姓の出現のために、私のテエブルの有頂天は一時さめた。私はすでに六本の徳利をからにしたことを、ちくちく悔いはじめたのである。もっともっと酔いたかった。こよいの歓喜をさらにさらに誇張してみたかったのである。あと四本しか呑めぬ。それでは足り・・・ 太宰治 「逆行」
・・・往復の船中の恋愛、帰ってきたぼくは歓迎会ずくめの有頂天さのあまり、多少神経衰弱だったのです。ぼくが帰国したとき、前年義姉を失った兄は、家に帰り、コンムニュスト、党資金局の一員でした。あにを熱愛していたぼくは、マルキシズムの理論的影響失せなか・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・そうして、そのような愚直の出来事を、有頂天の喜悦を以て、これは大地の愛情だ、とおっしゃる十郎様のお姿をさえ、あさましく滑稽なものと存じ上げます。私も、もう二十五歳になりました。一年、一年、みんな、ぞろぞろ私から離れて行きます。そうしてみんな・・・ 太宰治 「古典風」
・・・めは神妙に、中泉画伯のアトリエに通っていたが、やがてその老画伯をも軽蔑して、絵の勉強は、ほとんどせず、画伯のアトリエの若い研究生たちを自分のアパートに呼び集めて、その研究生たちのお世辞に酔って、毎晩、有頂天の馬鹿騒ぎをしていた。草田氏は恥を・・・ 太宰治 「水仙」
・・・その前に二人の有頂天になってはしゃいでいる姿が映る。そうしたあとで、テナシティのデッキの上から「あしたは出帆だ」とどなるのをきっかけに、画面の情調が大きな角度でぐいと転回してわき上がるように離別の哀愁の霧が立ちこめる。ここの「やま」の扱いも・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・その有頂天の場面が前にあるので、後に故郷の旧知の観客の前で無理やりに血を吐く思いで叫ばされるあのコケコーコーの悲劇が悲劇として生きてくるのではないかと思う。しかしこの芝居にはそんな因縁は全然省略されているから、鶏のまねが全く唐突で、悪どい不・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・キッコはまるで有頂天になって誰がどこで何をしているか先生がいま何を云っているかもまるっきりわからないという風でした。その日キッコが学校から帰ってからのはしゃぎようと云ったら第一におっかさんの前で十けたばかりの掛算と割算をすらすらやって見・・・ 宮沢賢治 「みじかい木ぺん」
・・・そして店番の男を有頂天に致しますでしょう。が、其丈でございます。彼女等は決して、褒むべきものと買うべきものとを混同しない丈の確っかりさを持って居るのでございます。其故、芝居にしても其が娯楽である以上は心を楽しませ、小説がたのしみの読書である・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫