・・・菊池寛は、午前三時でも、四時でも、やはり、はね起き、而して必ず早すぎる朝食を喫するという。すべて、みな、この憂さに沈むことの害毒を人一倍知れる心弱くやさしき者の自衛手段と解して大過なかるべし。われ、事に於いて後悔せず、との菊池氏の金看板の楯・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・あの身辺の者たちは、駅の前で解散になって、それから朝食という事になるのですよ。あ、ちょっとここで待っていて下さい。弁当をもらって来ますからね。先生のぶんも貰って来ます。待っていて下さい。」と言って、走りかけ、また引返し、「いいですか。ここに・・・ 太宰治 「未帰還の友に」
・・・ 或る朝、三郎はひとりで朝食をとっていながらふと首を振って考え、それからぱちっと箸をお膳のうえに置いた。立ちあがって部屋をぐるぐる三度ほどめぐり歩き、それから懐手して外へ出た。無意志無感動の態度がうたがわしくなったのである。これこそ嘘の・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・女中のさとが、朝食のお膳を捧げて部屋へはいって来た。さとは、十三の時から、この入江の家に奉公している。沼津辺の漁村の生れである。ここへ来て、もう四年にもなるので、家族のロマンチックの気風にすっかり同化している。令嬢たちから婦人雑誌を借りて、・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・なぜと云うに、宿料、朝食代、給仕の賃銀なんぞの外に、いろいろな筆数が附いている。町の掃除人の妻にやった心附け、潜水夫にやった酒手、私立探偵事務所の費用なんぞである。 引き越したホテルはベルリン市のまるであべこべの方角にある。宿帳へは偽名・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ラート教授の下宿の朝食のトロストロースな光景はかなりよくできている。いつも鳴く小鳥が死んでいる。そうして教授の唯一の愛が奪われるのであるが、後に教授が女の家で泊まった朝、二人でコーヒーをのんでいるときに小鳥の声が聞こえることになっている。こ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・やっと一つぐらい見つかるころには、朝食の用意ができた、と窓の内から声がかかるのである。 図鑑を見ただけで、なんらの疑点もなく明確にこれだと決定できる場合は存外少ない。ほとんど同じではあるが、どうも少しちがうようだ、という場合がはなはだ多・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・昼前の講義が終わって近所で食事をするのであるが、朝食が少量で昼飯がおそく、またドイツ人のように昼前の「おやつ」をしないわれらにはかなり空腹であるところへ相当多量な昼食をしたあとは必然の結果として重い眠けが襲来する。四時から再び始まる講義まで・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
昭和十年八月四日の朝、信州軽井沢千が滝グリーンホテルの三階の食堂で朝食を食って、それからあの見晴らしのいい露台に出てゆっくり休息するつもりで煙草に点火したとたんに、なんだかけたたましい爆音が聞こえた。「ドカン、ドカドカ、ド・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・四月七日 朝食後に上陸して九竜を見に行く。……海岸に石切り場がある。崖の風化した柔らかい岩の中に花崗石の大きな塊がはまっているのを火薬で割って出すらしい。石のくずを方七八分ぐらいに砕いて選り分けている。これを道路に敷くのだと見えて蒸・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
出典:青空文庫