・・・私ども親子のものは、この国もだんだん寒くなったから、南の暖かな、花の咲いて、木の実の熟している夏の国へ帰ろうと思いまして、ある小さな島までやってまいりました。その島には、同じ南の国に帰る連れがたくさんいました。 そこから、広々とした海を・・・ 小川未明 「つばめの話」
・・・「私が、命がけで山に登って採った草の根や木の実で造ったもので、いいかげんなまやかしものではありません。一本のにんじんをとりますのにも、綱にぶらさがって、命をかけています。またこのくまのいは、自分が冬猟に出て打ったもので、けっして、ほかか・・・ 小川未明 「手風琴」
・・・そこの横丁にある「木の実」へ牛肉の山椒焼や焼うどんや肝とセロリーのバタ焼などを食べに行くたびに、三度のうち一度ぐらいはぶぶ漬を食べて見ようかとふと思うのは、そのぶぶ漬の味がよいというのではなく、しるこ屋でぶぶ漬を売るということや、文楽芝居の・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ 石井翁はさんざん徳さんの武に言わしておいたあげく、「それじゃ、山に隠れて木の実を食い露を飲んでおる人はどうする。」「あれは仙人です。」「仙人だって人だ。」「それじゃ叔父さんは仙人ですか。」「市に隠れた仙人のつもりで・・・ 国木田独歩 「二老人」
一 榎木の実 皆さんは榎木の実を拾ったことがありますか。あの実の落ちて居る木の下へ行ったことがありますか。あの香ばしい木の実を集めたり食べたりして遊んだことがありますか。 そろそろあの榎木の実が落ちる・・・ 島崎藤村 「二人の兄弟」
・・・ この主婦の亡夫は南洋通いの帆船の船員であったそうで、アイボリー・ナッツと称する珍しい南洋産の木の実が天照皇大神の掛物のかかった床の間の置物に飾ってあった。この土地の船乗りの中には二、三百トンくらいの帆船に雑貨を積んで南洋へ貿易に出掛け・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・という危険な書物の一部を、禁断の木の実のごとく人知れず味わったこともあった。一方ではゲーテの「ライネケ・フックス」や、それから、そのころようやく紹介されはじめたグリムやアンデルセンのおとぎ話や、「アラビアン・ナイト」や「ロビンソン・クルーソ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・うぐいすの鳴くころになると、山野は緑におおわれ、いろいろの木の実、草の実がみのり、肌を刺す寒い風も吹かなくなるということを教えられたに相違ない。うぐいすの声がきらいな人などありようはない。 星野温泉の宿の池に毎朝水鶏が来て鳴く。こぶし大・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・ 色々の木の実を食ったことを想い出す。昔の高坂橋の南詰に大きな榎樹があった。橙紅色の丸薬のような実の落ち散ったのを拾って噛み砕くと堅い核の中に白い仁があってそれが特殊な甘味をもっているのであった。この榎樹から東の方に並んで数本の大きな椋・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・そして単に野生の木の実を拾うような「観測」の縄張りを破って、「実験」の広い田野をそういう道具で耕し始めてからの事である。ただの「人間の言語」だけであった昔の自然哲学は、これらの道具の掘り出した「自然自身の言語」によって内容の普遍性を増して行・・・ 寺田寅彦 「言語と道具」
出典:青空文庫