・・・あの男は勿論役目のほかは、何一つ知らぬ木偶の坊じゃ。おれもあの男は咎めずとも好い。ただ罪の深いのは少将じゃ。――」 俊寛様は御腹立たしそうに、ばたばた芭蕉扇を御使いなさいました。「あの女は気違いのように、何でも船へ乗ろうとする。舟子・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・それだから俺は始めから死ぬんだ死ぬんだといって聞かせているのに、貴様たちはまるで木偶の坊見たいだからなあ。……ところで俺の弟は、兄貴の志をついで天才画家になるとしても、とにかく俺が死なねばならぬというのは悲壮な事実だよ。死にさえすれば、こと・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ おとよさんの秘密に少しも気づかない省作は、今日は自分で自分がわからず、ただ自分は木偶の坊のように、おとよさんに引き回されて日が暮れたような心持ちがした。 三 今日は刈り上げになる日であったのだが、朝から非常な雨・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
出典:青空文庫