・・・「木綿及び麻織物洗濯。ハンケチ、前掛、足袋、食卓掛、ナプキン、レエス、……「敷物。畳、絨毯、リノリウム、コオクカアペト……「台所用具。陶磁器類、硝子器類、金銀製器具……」 一冊の本に失望したたね子はもう一冊の本を検べ出した。・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・すると窓から流れこんだ春風が、その一枚のレタア・ペエパアを飜して、鬱金木綿の蔽いをかけた鏡が二つ並んでいる梯子段の下まで吹き落してしまった。下にいる女髪結は、頻々としてお君さんの手に落ちる艶書のある事を心得ている。だからこの桃色をした紙も、・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・時しも、鬱金木綿が薄よごれて、しなびた包、おちへ来て一霜くらった、大角豆のようなのを嬉しそうに開けて、一粒々々、根附だ、玉だ、緒〆だと、むかしから伝われば、道楽でためた秘蔵の小まものを並べて楽しむ処へ――それ、しも手から、しゃっぽで、袴で、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・赤革の靴を穿き、あまつさえ、リボンでも飾った状に赤木綿の蔽を掛け、赤い切で、みしと包んだヘルメット帽を目深に被った。…… 頤骨が尖り、頬がこけ、無性髯がざらざらと疎く黄味を帯び、その蒼黒い面色の、鈎鼻が尖って、ツンと隆く、小鼻ばかり光沢・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・耳にかけた輪数珠を外すと、木綿小紋のちゃんちゃん子、経肩衣とかいって、紋の着いた袖なしを――外は暑いがもう秋だ――もっくりと着込んで、裏納戸の濡縁に胡坐かいて、横背戸に倒れたまま真紅の花の小さくなった、鳳仙花の叢を視めながら、煙管を横銜えに・・・ 泉鏡花 「栃の実」
・・・ 私が、いまこゝにいう貧富というのは、絹物を被るものと木綿物を被るものと、もしくは、高荘な建物に住む者と、粗末な小舎に住む者という程度の相違をいうのであったらそれによって、人間の幸福と不幸福とは判別されるものでないといわれるでありましょ・・・ 小川未明 「文化線の低下」
・・・ 私は木綿の厚司に白い紐の前掛をつけさせられ、朝はお粥に香の物、昼はばんざいといって野菜の煮たものか蒟蒻の水臭いすまし汁、夜はまた香のものにお茶漬だった。給金はなくて、小遣いは一年に五十銭、一月五銭足らずでした。古参の丁稚でもそれと大差・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・…… やがて、新モスの小ぎれ、ネル、晒し木綿などの包みを抱えて、おせいは帰ってきた。「そっくりで、これで六円いくらになりましたわ。綿入り二枚分と、胴着と襦袢……赤んぼには麻の葉の模様を着せるものだそうだから」……彼女は枕元で包みをひ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・ 私は起きて、押入れの中から、私の書いたものの載っている古雑誌を引張りだして、私の分を切抜いて、妻が残して行った針と木綿糸とで、一つ一つ綴り始めた。皆な集めても百頁にも足りないのだ。これが私の、この六七年間の哀れな所得なのだ。その間に私・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ どんなにいゝ着物をきせても、百姓が手織りの木綿を着たようにしか見えない。そんな男だ。体臭にまで豚小屋と土の匂いがしみこんで居る。「豚群」とか「二銭銅貨」などがその身体つきによく似合って居る。ハイカラ振ったり、たまに洋服をきて街を歩いた・・・ 黒島伝治 「自画像」
出典:青空文庫