・・・タウコギは末枯れて、水蕎麦蓼など一番多く繁っている。都草も黄色く花が見える。野菊がよろよろと咲いている。民さんこれ野菊がと僕は吾知らず足を留めたけれど、民子は聞えないのかさっさと先へゆく。僕は一寸脇へ物を置いて、野菊の花を一握り採った。・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・朝夕の霜で末枯れはじめたいら草の小径をのぼってゆくと、茶色の石を脚の高さ二米ばかりの巨大な横長テーブルのような形に支えた建造物がある。近づいてこの厚い覆いを見れば、これはそれなりに記念碑であり又墓でもあった。石の屋根の下にいら草の繁みをわけ・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・ もう朝夕は霜がおりて末枯れかかったとある叢の中に、夕陽を斜にうけて、金の輪でも落ちているように光るものがあった。そばへよって見て、私の胸はきつく引しぼられた。 それは一ツの銃口であった。生きながら姿で埋められた一人の兵卒の銃口が叢・・・ 宮本百合子 「金色の口」
・・・百花園の末枯れた蓮池の畔を歩いていた頃から大分空模様が怪しくなり、蝉の鳴く、秋草の戦ぐ夕焼空で夏の末らしい遠雷がしていた。帰りは白鬚から蒸気船で吾妻橋まで戻る積りで、暗い混雑した向島の堤を行った。家に帰る沢山の空馬力、自転車、労働者が照明の・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・ 彼の温室の前の方へ立ってズーッと彼方を見渡すと、多勢の人が歩き廻って居る時には左程にも思いませんけれ共、木の梢も痩せ草も末枯れて居ておまけに人っ子一人居ないのですからもうそりゃあそりゃあ広くはるかに見えます。 私でさえ一種の緊張を・・・ 宮本百合子 「小さい子供」
出典:青空文庫