・・・ かの女は無努力、無神経の、ただ形ばかりのデカダンだ、僕らの考えとは違って、実力がない、中味がない、本体がない。こう思うと、これもまた厭になって、僕は半ばからだを起した。そうすると、吉弥もまた僕の心眼を往来しなくなった。 暑くッてた・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・彼にはまだ本当に、Kのいうその恐ろしいものの本体というものが解らないのだ。がその本体の前にじり/\引摺り込まれて行く、泥沼に脚を取られたように刻々と陥没しつゝある――そのことだけは解っている。けれどもすっかり陥没し切るまでには、案外時がかゝ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・どうかして君の生活をなりたたせたい、この活きた生活の流れの上に引きだしたいものといろいろと骨を折ったつもりだが、しかしこのごろになって、始めて、僕は君の本体なるものがどんなんか、少し解りかけた気がする。とにかく君の本体なるものは活きた、成長・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・僕は僕の亡霊が、僕の虐待に堪えかねては、時々本体から脱けでるものと信じていたんだからね」「そうですかねえ。そんなこともあるものですかねえ。……何しろ早く書くといいですねえ」「そうだ。……僕もこれさえ書けたらねえ。何しろ僕もその時分は・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・ 勝軍地蔵か祇尼天か、飯綱の本体はいずれでも宜いが、祇尼は古くからいい伝えていること、勝軍地蔵は新らしく出来たもの、だきには胎蔵界曼陀羅の外金剛部院の一尊であり、勝軍地蔵はただこれ地蔵の一変身である。大日経巻第二に荼枳尼は見えており、儀・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・同情する自分と同情される他者との矛盾が、死ぬか生きるかの境まで来ると、そろそろ本体を暴露して来はしないか。まず多くの場合に自分が生きる。よっぽど濃密の関係で自分と他者と転倒しているくらいの場合に、いわば病的に自分が死ぬる。または極局身後の不・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・そういう比較によって始めてわれわれの哲学も宗教も科学もその完全な本体を現わすであろう。 これほどに深い意義のある逆転映画を見せられる機会があまりにもまれなのは遺憾なことである。この驚くべき技巧がもっともっと自由に応用され、観客が次第にそ・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・錯覚や誇張さらに転訛のレンズによってはなはだしくゆがめられた影像からその本体を言い当てなければならない。それを的確に成効しうるためにはそのレンズに関する方則を正確に知らなければならない、のみならず、またその個々の場合における決定条件として多・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・ 地震だけを調べるのでは、地震の本体は分りそうもない。四 地震の予報 地震の予報は可能であるかという問題がしばしば提出される。これに対する答は「予報」という言葉の解釈次第でどうでもなる。もし星学者が日蝕を予報すると同じよ・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・の意義がその本体を現わすのではないかと想像される。 こんなことを長年考えていたのであるが、近ごろ大阪医科大学病理学教室の淡河博士が「黒焼き」の効能に関する本格的な研究に着手し、ある黒焼きを家兎に与えると血液の塩基度が増し諸機能が活発にな・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫