・・・然し、そればかしでなしに、俺だちにとっては本来の意味――いわばブルジョワ的な「休息」という意味でも、此処は別荘であるということを、俺は発見した。俺だちは、だから此処で、出て行く迄に新しい精気と強い身体を作っておかなければならないのだ。 ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・日本語では、自由という言葉は、はじめ政治的の意味に使われたのだそうですから、Freiheit の本来の意味と、しっくり合わないかも知れない。Freiheit とは、とらわれない、拘束されない、素朴のものを指していうのです。frei でない例・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・律動は本来時間的のものであって時間的に週期的な現象がわれわれ人間に生理的および心理的に内在する律動感に共鳴する現象である。空間的のリズムは、これから導出された第二次的のものであって、目が空間を探り歩く運動によってはじめて時間的なリズムに翻訳・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・黒鉄の黒きを磨いて本来の白きに帰すマーリンの術になるとか。魔法に名を得し彼のいう。――鏡の表に霧こめて、秋の日の上れども晴れぬ心地なるは不吉の兆なり。曇る鑑の霧を含みて、芙蓉に滴たる音を聴くとき、対える人の身の上に危うき事あり。けきぜんと故・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・何となれば、幾何学においては、その根本概念が感官的直観と一致するが故に、それは何人にも受入れられるが、形而上学的問題においては、最始の根本概念を明晰に判明に把握することが困難なのである。本来の性質からは、それは幾何学のものよりも、一層明晰な・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・「ああ、あれッきり手紙一本来ないそうだよ。西宮さんが出した手紙の返事も来ないそうだよ。だがね、人の行末というものは、実に予知らないものだねえ」と、小万がじッと吉里を見つめた眼には、少しは冷笑を含んでいるようであッた。「まアそんなもん・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・夫妻同居、夫が妻を扶養するは当然の義務なるに、其妻たる者が僅に美衣美食の賄を給せられて、自身に大切なる本来の権利を放棄せんとす、愚に非ずして何ぞや。故に夫婦苦楽を共にするの一事は努ゆめゆめ等閑にす可らず、苦にも楽にも私に之を隠して之を共にせ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 政府がきめる土地調整法案で地主は必ずしもいま働いている小作人に土地をわける義務はないのだし、この調整法の本来が大地主をもっと数多い小地主にかえることでしかない。ヤグラの上で、盆祭りの赤い腰まきを木の間にちらつかせて涼んでいる農家のかあ・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
芸術に主義というものは本来ないと思う。芸術そのものが一の大なる主義である。 それを傍から見て、個々別々の主義があるように思うに過ぎない。 Emile Zolaなんぞは自家の芸術に自然主義という名をつけていた。そうして書・・・ 森鴎外 「文芸の主義」
・・・まことにそれは生本来の姿であり、また生本来の歓喜である。 こうして漁師の群れの活動をながめている内に私はふと傍観者の手持ち無沙汰を感じ出した。私は漁師の群れに投じてともに働くか、でなければ傍観者としての自己の立場を是認するか、いずれかに・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫