・・・ 椅子を差置かれた池の汀の四阿は、瑪瑙の柱、水晶の廂であろう、ひたと席に着く、四辺は昼よりも明かった。 その時打向うた卓子の上へ、女の童は、密と件の将棋盤を据えて、そのまま、陽炎の縺るるよりも、身軽に前後して樹の蔭にかくれたが、枝折・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・つもりなのでございましたが、なぶってやろう、とおっしゃって、奥様が御自分に烏の装束をおめし遊ばして、塀の外へ――でも、ひょっと、野原に遊んでいる小児などが怪しい姿を見て、騒いで悪いというお心付きから、四阿へお呼び入れになりました。紳士 ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ここに別に滝の四阿と称うるのがあって、八ツ橋を掛け、飛石を置いて、枝折戸を鎖さぬのである。 で、滝のある位置は、柳の茶屋からだと、もとの道へ小戻りする事になる。紫玉はあの、吹矢の径から公園へ入らないで、引返したので、……涼傘を投遣りに翳・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・杣の入るべき方とばかり、わずかに荊棘の露を払うて、ありのままにしつらいたる路を登り行けば、松と楓樹の枝打ち交わしたる半腹に、見るから清らなる東屋あり。山はにわかに開きて鏡のごとき荻の湖は眼の前に出でぬ。 円座を打ち敷きて、辰弥は病後の早・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ただ二人が唄う節の巧みなる、その声は湿りて重き空気にさびしき波紋をえがき、絶えてまた起こり、起こりてまた絶えつ、周囲に人影見えず、二人はわれを見たれど意にとめざるごとく、一足歩みては唄い、かくて東屋の前に立ちぬ。姉妹共に色蒼ざめたれど楽しげ・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・どこへ行ったかと見回すと、はるか向こうの東屋のベンチへ力なさそうにもたれたまま、こっちを見て笑っていた。 園の静けさは前に変わらぬ。日光の目に見えぬ力で地上のすべての活動をそっとおさえつけてあるように見える。気分はすっかりよくなったと言・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・家の前方平坦なる園の中央は、枯れた梅樹の伐除かれた後朽廃した四阿の残っている外には何物もない。中井碩翁が邸址から移し来ったという石の井筒も打棄てられたまま、其来歴を示した札の文字も雨に汚れて読難くなっている。それより池のほとりに至るまで広袤・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・ ○川ふちの東屋、落ちて居た椎の実、「椎の実 かやの実たべたので」 かやの実とはどんなものだろう ○変な五人づれの万歳 ○男の尺八、それをききに来たもう一人のやはり気弱な男。 Yamada Kuniko ・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ 大東屋の彼方の端で、一日がかりで来ているらしい前掛に羽織姿の男が七八人噪いでいる。「おや、しゃれたものを描くんだね、三十一文字かい」 楽焼の絵筆を手に持ったままわざわざ立って来、床几にあがって皿にかがみこんでいる仲間をのぞ・・・ 宮本百合子 「百花園」
・・・半腹に鳳山亭としたる四阿屋の簷傾きたるあり、長野辺まで望見るべし。遠山の頂には雪を戴きたるもあり。このめぐりの野は年毎に一たび焚きて、木の繁るを防ぎ、家畜飼う料に草を作る処なれば、女郎花、桔梗、石竹などさき乱れたり。折りてかえりて筒にさしぬ・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫