・・・ 非常に鋭敏になった聴覚と視覚とが、かつては童話的興味の枯れることない源泉となっていた自然現象の全部のうちに、現実を基礎としたいろいろの神秘を見出し、自分自身を三人称で考える癖が増して来た。「彼女は今、太い毛糸針のように光る槇の葉を・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ある地味では深かった根も、ここではその深さが役に立たずより多くの露出となって結果し、枯れるモメントとして作用するというようなことが、文化のギャップとでもいうようなものの極めて血液的ないきさつで存在するのではないだろうか。 このことは何と・・・ 宮本百合子 「文学と地方性」
・・・「乾くといけないねえ、枯れると困るよ」 時候が時候だし芽の出ようはないのに、病人は楽しんで朝起きると、土に水をやった。夕方歩いても水をやる。一日の中を久しい間立って眺めて育つのを待った。春の彼岸頃、石川は今度こそ本物の球根を運んで来・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・老木の朽ち枯れるそばで、若木は茂り栄えて行く。嫡子光尚の周囲にいる少壮者どもから見れば、自分の任用している老成人らは、もういなくてよいのである。邪魔にもなるのである。自分は彼らを生きながらえさせて、自分にしたと同じ奉公を光尚にさせたいと思う・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・根の枯れるのを閑却して、ただ花のみ咲かせようとあせる人ほど、ばかげた哀れなものはないだろう。 しかしその哀れな人々が、大きい顔をして、さも生きがいありそうに働いている。七お前の生を最もよく生きるために、お前の苦し・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫