・・・ありていに言うと、ひとつにはおれの弥次馬根性がそうさせたのだ。施灸の巡業ときいて、「――面白い」 と思ったのだ。巡業そのものに、そして、そんなことを思いつくお前という人間に、興味を感じたのだ。お前のような人間に……つまりは、腐れ縁と・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・さア、どうしてくれると騒ぎはお定の病室へ移されて、見るなと言われたものを見ておきながら見なかったとは何と空恐しい根性だと、お定のまわらぬ舌は、わざわざ呼んできた親戚の者のいる前でくどかった。 うなだれていた顔をふと上げると、登勢の眼に淀・・・ 織田作之助 「螢」
・・・途々、武に何を見せるのだと聞きましても、武はどうしても言わないばかりか、しめたという顔つきをして根性の悪い笑い方をするのでございました。 日はすっかり暮れて、十日ごろの月が鮮やかに映していましたが、坂の左右は樹が繁っていますから十分光が・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・彼は、ちょうど、その掏摸根性のような根性を持っていた。 密輸入商人の深沢洋行には、また、呉清輝のごとき人間がぜひ必要なのであった。 深沢は、シベリアを植民地のように思って、利権を漁って歩いた男だ。 ルーブル紙幣は、サヴエート同盟・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・源三の腹の中は秘しきれなくなって、ここに至ってその継子根性の本相を現してしまった。しかし腹の底にはこういう僻みを持っていても、人の好意に負くことは甚く心苦しく思っているのだ。これはこの源三が優しい性質の一角と云おうか、いやこれがこの源三の本・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・一時間が何千円に当った訳だ、なぞと譏る者があるが、それは譏る方がケチな根性で、一生理屈地獄でノタウチ廻るよりほかの能のない、理屈をぬけた楽しい天地のあることを知らぬからの論だ。趣味の前には百万両だって煙草の煙よりも果敢いものにしか思えぬこと・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・やっぱりこれは、その、いまはやりの言葉で言えば奴隷根性というものなんでしょうね。私なんぞは、男の、それも、すれっからしと来ているのでございますから、たかが華族の、いや、奥さんの前ですけれども、四国の殿様のそのまた分家の、おまけに次男なんて、・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・あの人について歩いて、やがて天国が近づき、その時こそは、あっぱれ右大臣、左大臣になってやろうなどと、そんなさもしい根性は持っていない。私は、ただ、あの人から離れたくないのだ。ただ、あの人の傍にいて、あの人の声を聞き、あの人の姿を眺めて居れば・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・自分は、貧乏人根性は、いやだ。いじいじして、人の顔色ばっかり覗いている。自分は君に、尊敬なんか、してもらいたくなかった。お互い、なんの警戒も無しに遊びたかったのです。それだけだ。 君は、愛情のわからぬ人だね。いつでも何か、とくをしようと・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・このこじきの体験は忘れられないものである。このこじき根性が抜けないおかげで今日をどうやらこうやら飢えず凍えず暮らして行かれるのかもしれないのである。 こんな年中行事は郷里でも、もうとうの昔に無くなってしまって、若い人たちにはそんな事があ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫