・・・一群の鶏も、数匹の白兎も、ダリヤの根方で舌を出している赤犬に至るまで。 しかし向かいの百姓家はそれにひきかえなんとなしに陰気臭い。それは東京へ出て苦学していたその家の二男が最近骨になって帰って来たからである。その青年は新聞配達夫をしてい・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・香もなく花も貧しいのぎ蘭がそのところどころに生えているばかりで、杉の根方はどこも暗く湿っぽかった。そして筧といえばやはりあたりと一帯の古び朽ちたものをその間に横たえているに過ぎないのだった。「そのなかからだ」と私の理性が信じていても、澄み透・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・ 楓樹の肌が冷えていた。城の本丸の彼がいつも坐るベンチの後ろでであった。 根方に松葉が落ちていた。その上を蟻が清らかに匍っていた。 冷たい楓の肌を見ていると、ひぜんのようについている蘚の模様が美しく見えた。 子供の時の茣蓙遊・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・その日町へ出るとき赤いものを吐いた、それが路ばたの槿の根方にまだひっかかっていた。堯には微かな身慄いが感じられた。――吐いたときには悪いことをしたとしか思わなかったその赤い色に。―― 夕方の発熱時が来ていた。冷たい汗が気味悪く腋の下を伝・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・の生まれない前のもっと前からすでに気味の悪いところになっているので幾百年かたって今はその根方の周囲五抱えもある一本の杉が並木善兵衛の屋敷の隅に聳ッ立ッていてそこがさびしい四辻になっている。 善兵衛は若い時分から口の悪い男で、少し変物で右・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・彼が家の横なる松、今は幅広き道路のかたわらに立ちて夏は涼しき蔭を旅人に借せど十余年の昔は沖より波寄せておりおりその根方を洗いぬ。城下より来たりて源叔父の舟頼まんものは海に突出し巌に腰を掛けしことしばしばなり、今は火薬の力もて危うき崖も裂かれ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・その日自分は感冒で発熱して寝ていたが、その死骸をわざわざ見る気がしなかったから、ただそのままに裏の桃の木の根方に埋めさせた。目で見なかった代わりに、自分の想像のカンバスの上には、美しい青草の毛氈の上に安らかに長く手足を延ばして寝ている黄金色・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・そして垣の根方や道のほとりには小笹や雑草が繁り放題に繁っていて、その中にはわたくしのかつて見たことのない雑草も少くはない。山牛蒡の葉と茎とその実との霜に染められた臙脂の色のうつくしさは、去年の秋わたくしの初めて見たものであった。野生の萩や撫・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ あの草の根方に、小っぽけな人間の形をしたものが一杯居る。 それが皆、私のふだんから好いて居る西洋の何百年か前の着物を着て歩き廻って居る。 居る女達は、皆、私が絵で好いて居るゆったりと見事な身の廻りをして、小姓に長いスカートをか・・・ 宮本百合子 「草の根元」
・・・あの根方の茂みには蛇も昼寝するであろう。 蓬々とした青草の面に、乾いた、何処やら白いような光線が反射し始めた。七月に吹いていたのとは違った風回りで、風が室を吹きぬけた。風のない午後四時、蝉は鳴きしきっているが、庭の芝、松の木などの間から・・・ 宮本百合子 「蓮花図」
出典:青空文庫