・・・ これから病人や死体が、そこへ入るにしても、空気は、楕円形の三尺に二尺位の、ガットの穴から忍び込むより仕方がなかった。 そんな小さな穴からは、丈夫な生きた人間が「一人」で、縄梯子を伝って降りるより外に、方法は無かった。 病人を板・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ それはひる学校で見たあの図よりはずうっと小さかったのですがその日と時間に合せて盤をまわすと、そのとき出ているそらがそのまま楕円形のなかにめぐってあらわれるようになって居りやはりそのまん中には上から下へかけて銀河がぼうとけむったような帯・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・…… 由子は、今も鮮やかにぽっくり珠の落ちた後の台の形を目に泛べることが出来た。楕円形の珠なりにぎざぎざした台の手が出ているのが、急に支える何ものも無くなった。それでもぎざぎざは頑固にぎざぎざしている。掴んでいるのは空だ。空っぽの囲りで・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・ 寝台の横には楕円形のテーブルが置いてある。首がガクつくのをガーゼで巻いてある真鍮の呼鈴、一緒に、アスパラガスに似た鉢植が緑の細かい葉をふっさり垂れていた。 日本でも猫が葉っぱをたべたりするのかしらん。―― 床に黄色い透明な液体・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・金塗の椅子やテーブルや鏡がそこの室内にはある。楕円形の大テーブルに、ソヴェト内地旅行案内のパンフレットや対外文化連絡協会の週刊雑誌などがきちんとならべてあった。 СССР地図を後にして一人のソヴェト的紳士がかけている。室の真ん中にタイプ・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・先に小さい楕円形 紅茶こしのような金のたまがついて居る。それをたまの方から嚥み下さなければならない。十二指腸から胆汁をとる療法だがこのゾンドなるものをかけられる時は一種悲しき芸当の感じだ。フセワロード・イワノフが曲芸師であった時嚥んだ剣より・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・指紋が綺麗に流れていて、その間に小さい島のように一つだけ楕円形に光ったところが残っている。 おや、こんなものが出来たと心付いて眺めた時より、おや消えていると思ったときの方が何だかびっくりした。薬を教えてくれた人にお礼がてら魚の目のことを・・・ 宮本百合子 「鼠と鳩麦」
・・・ 春慶塗の、楕円形をしている卓の向うに、翁はにこにこした顔をして、椅子に倚り掛かっていたが、花房に「あの病人を御覧」と云って、顔で方角を示した。 寝台の据えてあるあたりの畳の上に、四十余りのお上さんと、二十ばかりの青年とが据わってい・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・ そこへ雪が橢円形のニッケル盆に香茶の道具を載せて持って来た。そして小さい卓を煖炉の前へ運んで、その上に盆を置いて、綾小路の方を見ぬようにしてちょいと見て、そっと部屋を出て行った。何か言われはしないだろうか。言えば又恥かしいような事を言・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・通例はその穴が椎の実形の、横に長い楕円形になっていて、幾分眼の形を写そうとした努力のあることを思わせるが、しかしそれ以外には眼を写実的に現わそうとした点は少しもない。時にはその穴がまん丸であることさえもある。しかしそういう無雑作な穴が二つ並・・・ 和辻哲郎 「人物埴輪の眼」
出典:青空文庫