・・・で、八犬士や為朝は無論それら武徳の権化のようになって居ります。これらの点をなお多く精密に数えて、そして綜合して一考しまする時は、なるほど馬琴の書いたようなヒーローやヒロインは当時の実社会には居らぬに違い無いが、しかし馬琴の書いたヒーローやヒ・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・女は例のごとく過去の権化と云うべきほどの屹とした口調で「犬ではありません。左りが熊、右が獅子でこれはダッドレー家の紋章です」と答える。実のところ余も犬か豚だと思っていたのであるから、今この女の説明を聞いてますます不思議な女だと思う。そう云え・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・人間は、より高大な、啓発された生活へ自分の霊を育てる為の助力者、試金石、として、先ず最も自分に近く、最も自分の負うべき自明の責任の権化である配偶を持たずには居られない本能を有するのではないか。 少くとも、自分は自分の結婚に対して、以上の・・・ 宮本百合子 「黄銅時代の為」
・・・ 第三は、良人から与えられる金を当然の権利として、彼女の意のままに消費する群、つまり流行の偶像であり、香油と白粉の権化であり、良人の虚栄の仲介者となって居る婦人達。アメリカの物質的方面を恐ろしい程体現して、自分はいくらでも、素晴らしい着・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・文学史上の一つの定説となっているバルザックの情熱の追求、――悪徳も亦情熱の権化として偉大なものたり得る――ことを描いたのも、人間と人間との間のエネルギーの最大の集中の形として、関係の中におかれたのであった。 そのように、バルザックは飽く・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・虚栄の権化は時に人を威圧して崇敬の念を起こさしむ。神にも近しと尊ぶ人格は時に空虚である。真の偉人は飾らずして偉である。付け焼き刃に白眼をくるる者は虚栄の仮面を脱がねばならぬ、高き地にあってすべてを洞察する時、虚栄は実に笑うに堪えぬ悪戯である・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫