・・・農民は、一本の樹も、一本の枝も伐ることが出来なかった。同時に、そこは禁猟区だった。畠の岸で見つけた雲雀の卵を取って、罰金と仕末書を取られた者がある。農民たちは、それでも、名勝地帯だというんで怺えていた。今に、国立公園になるというんで、郷土的・・・ 黒島伝治 「名勝地帯」
・・・姻戚のものとも諮って家を掩いかぶせた其の竹や欅を伐ることにした。彼は監獄署へ曳かれるのは身を斬られるよりもつらかった。竹でも欅でも何でも惜しくないと彼は思った。だが其頃はまだ竹や木を伐採するには季節が早過ぎたのと一つは彼の足もとをつけ込む商・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・林を伐るときはね、よく一年中の強い風向を考えてその風下の方からだんだん伐って行くんだよ。林の外側の木は強いけれども中の方の木はせいばかり高くて弱いからよくそんなことも気をつけなけぁいけないんだ。だからまず僕たちのこと悪く云う前によく自分の方・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・ ああやって伐るのは惜しいようだが、また自分の手で、あれほどの大木を伐り倒せたら、面白かろうなあ。 すっかりまるはだかにされた樹々が、一枚の葉さえないような太い枝を、ブッツリ中途から切られて、寒げに灰色の空に立つ様子。塒を奪われた烏・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 樅の木伐るの可哀そうだから、いらないヨ」 モスクワ全市の労働者クラブで、夜あけ頃まで反宗教の茶番や音楽やダンスがあった。 五ヵ年計画がソヴェト同盟に実行されはじめて、教会と坊主は、プロレタリアートと農民の社会主義社会建設の実践・・・ 宮本百合子 「モスクワの姿」
・・・幸いにきょうはこの方角の山で木を樵る人がないと見えて、坂道に立って時を過す安寿を見とがめるものもなかった。 のちに同胞を捜しに出た、山椒大夫一家の討手が、この坂の下の沼の端で、小さい藁履を一足拾った。それは安寿の履であった。 ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫