・・・そこでおとぎ歌劇「ドンブラコ」というのを聞かされた。 この器械はいわゆる無ラッパの小形のもので、音が弱くて騒がしい事はなかったが、音色の再現という点からはあまり完全とは思われず、それに何かものを摩擦するような雑音がかなり混じていて耳ざわ・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・いつかベルリンで見た歌劇で幕があくとタンホイゼルが女神の膝を枕にして寝ている、そして Zu viel! zu viel! と歌いながら起き上がる時に咽喉がつかえて妙な声になりそうなので咳払いを一つして始末をつけたのを記憶している。専門家でさ・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・ワグナーの歌劇やハウプトマン、ズーデルマンなどの芝居などに親しんでいた当時の自分にはレビューというものは結局ただエキゾチックな玩具箱を引っくり返したようなものに過ぎなかった。 そんな訳であったから、後にアメリカに渡ったときも、レビューな・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・ 大道具の頭の外に、浅草では作曲家S氏とわたくしの作った歌劇『葛飾情話』演奏の際、ピアノをひいていた人も死んだそうである。その家は公園から田原町の方へ抜ける狭い横町であったがためだという話である。観客から贔屓の芸人に贈る薬玉や花環をつく・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・況や帝国劇場は西洋オペラを招聘する以前に在って、曾て一たび歌劇部を設けて部員を教練したことさえあるに於てをや。思うに日本の演芸界は既に種々なる新運動を試みているに相違ない。唯之を知る機会なきわたくしが一人之を知らざるに止まっているのであろう・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・マスカニの歌劇は必伊太利亜語を以て為されなければなるまい。 然らば当今の女子、その身には窓掛に見るような染模様の羽織を引掛け、髪は大黒頭巾を冠ったような耳隠しの束髪に結い、手には茄章魚をぶらさげたようなハンドバッグを携え歩む姿を写し来っ・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ 日本ではマダムの道楽も、大体は未だ少女歌劇の女優をひいきにするに止っているのであろうか。 波間 東海道線を西の方から乗って来て、食堂などにいると、この頃の空気が声高な雑談の端々から濛々とあたりを罩めている・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・ 町では小歌劇、蚤の見世物。クニッペルがひらひらのついた流行型のパラソルをさしてそれを女優らしく笑いながら観ている。チェホフは黒い服だ。書斎は今ランプが点っている。まだ石油は臭わない。かなりよい。その下でチェホフは白い紙を展べ、遠くはな・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ 二十歳のバルザックはレディギュール通りの屋根裏で、ストーブもたけず、父親の古外套で慄える体をくるみながら、ひどい勢で先ず幾つかの喜歌劇を書いた。喜劇「二人の哲学者」というのも書いた。けれども、その時分は、ただ筆蹟がきれいだということ位・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・ いわゆる少女向の雑誌や、少女歌劇につながる趣味――少女趣味一般は、若いひとたち自身にわたしたちとはちがうと思われている要素を少なからずもっている。 なぜなら、十代のひとびとがしんに求めているのは、人間として、女としてどう生きてゆく・・・ 宮本百合子 「若い人たちの意志」
出典:青空文庫