・・・(中央の戸より出で去り、詞の末のみ跡に残る。室内寂として声無し。窓の外に死のヴァイオリンを弾じつつ過ぎ行くを見る。その跡に跟きて主人の母行き、娘行き、それに引添いて主人に似たる影行 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・さひづるや碓たててきらきらとひかる塊つきて粉にする筧かけとる谷水にうち浸しゆれば白露手にこぼれくる黒けぶり群りたたせ手もすまに吹鑠かせばなだれ落るかね鑠くれば灰とわかれてきはやかにかたまり残る白銀の玉銀の玉をあまたに筥に収れ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・とうとう削られてへらされて、しまいには上の方がすっかり無くなって、前のかたまった熔岩の棒だけが、やっと残るというあんばいだ。この棒は大抵頸だけを出して、一つの山になっている。それが岩頸だ。ははあ、面白いぞ、つまりそのこれは夢の中のもやだ、も・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・自分が決してどん底の者でないことが感じられていたのだが――沢やの婆が行ってしまったら、後に、誰か自分より老耄れた、自分より貧乏な、自分より孤独な者が残るだろうか? 自分が正直に働いてい、従って真逆荷車で村から出されるようなことにならない・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・そこでいよいよ本に読み耽って、器に塵の附くように、いろいろの物の名が記憶に残る。そんな風で名を知って物を知らぬ片羽になった。大抵の物の名がそうである。植物の名もそうである。 父は所謂蘭医である。オランダ語を教えて遣ろうと云われるので、早・・・ 森鴎外 「サフラン」
・・・ても耳の底に残るように懐かしい声、目の奥に止まるほどに眤しい顔をば「さようならば」の一言で聞き捨て、見捨て、さて陣鉦や太鼓に急き立てられて修羅の街へ出かければ、山奥の青苔が褥となッたり、河岸の小砂利が襖となッたり、その内に……敵が……そら、・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・に過ぎないのであるが、強すぎた大将の下では、上中下の二〇%の武士を戦死させ、人並みの猿侍のみが残ることになるからである。こういう場合には、八〇%が残っていても、全滅と変わりはない。 以上の四類型は国を滅ぼす大将の類型であるが、それによっ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫