・・・並行的使用は両方の要素を相殺し、対位法的編成は二つのものを生かし強調するのである。 有色映画 音声を得た映画がさらに色彩を獲得することによっていかなる可能性を展開するかという問題がある。 無声映画の時代にフィルム・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・戦地へやらずに殺したのは惜しいもんだとかいうでね。自分の忰を賞めるのは可笑しうがすけれど、出来たにゃ出来た。入営中の勉強っていうものが大したもんで、尤も破格の昇進もしました。それがお前さん、動員令が下って、出発の準備が悉皆調った時分に、秋山・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・「一無辜を殺して天下を取るも為さず」で、その原因事情はいずれにもせよ、大審院の判決通り真に大逆の企があったとすれば、僕ははなはだ残念に思うものである。暴力は感心ができぬ。自ら犠牲となるとも、他を犠牲にはしたくない。しかしながら大逆罪の企に万・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・「あの眼は、親だろうと、恩人だろうと殺し兼ねない」 利平は、身内を、スーッと走る寒さに似た恐怖を感ぜずにいられなかった。「おい、支度をしろ、今日のうちに、引越してしまおう」 おど、おどしている女房に、こう云った利平は、先刻ま・・・ 徳永直 「眼」
・・・小説雁の一篇は一大学生が薄暮不忍池に浮んでいる雁に石を投じて之を殺し、夜になるのを待ち池に入って雁を捕えて逃走する事件と、主人公の親友が学業の卒るを待たずして独逸に遊学する談話とを以て局を結んでいる。今日不忍池の周囲は肩摩轂撃の地となったの・・・ 永井荷風 「上野」
・・・それは犬殺しで帯へ挿した棍棒を今抜こうとする瞬間であった。人なつこい犬は投げられた煎餅に尾を振りながら犬殺しの足もとに近づいて居たのである。犬殺しは太十の姿を見て一足すさった。「何すんだ」 太十は思わず呶鳴った。「殺すのよ」・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・蹴飛す、相手の自転車は何喰わぬ顔ですうと抜けて行く、間の抜さ加減は尋常一様にあらず、この時派出やかなるギグに乗って後ろから馳け来りたる一個の紳士、策を揚げざまに余が方を顧みて曰く大丈夫だ安心したまえ、殺しやしないのだからと、余心中ひそかに驚・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・田舎小屋の舞台の上で重吉は縦横無尽に暴れ廻り、ただ一人で三十人もの支那兵を斬り殺した。どこでも見物は熱狂し、割れるように喝采した。そして舞台の支那兵たちに、蜜柑や南京豆の皮を投げつけた。可憫そうなチャンチャン坊主は、故意に道化けて見物の投げ・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・その人を殺したんじゃあるまいね。その人は外の二三人の人と一緒に私を今まで養って呉れたんだよ、困ったわね」 彼女は二人の闘争に興奮して、眼に涙さえ泛べていた。 私は何が何だか分らなかった。「何殺すもんか、だが何だって? 此男がお前・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・何の為か知らないけれども、能くマア殺しに行くわねえ。』と、頬には冷かな笑みがまた見えるのでした。 無論大きな声ではなかったが、私達には能く聞えたから、覚えず若子さんと顔を見合せて居ました。『……名誉も義務も軍人なればこそよ。軍人なき・・・ 広津柳浪 「昇降場」
出典:青空文庫