・・・彼の顔には、――血走った眼の中には、凄まじい殺意が閃いていた。が、相手の姿を一目見るとその殺意は見る見る内に、云いようのない恐怖に変って行った。「誰だ、お前は?」 彼は椅子の前に立ちすくんだまま、息のつまりそうな声を出した。「さ・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・太宰という男は馬場と対角線をなして向きあったもう一方の隅の壁に背をもたせ細長い両の毛臑を前へ投げだして坐り、ふたりながら眠たそうに半分閉じた眼と大儀そうなのろのろした口調でもって、けれども腹綿は恚忿と殺意のために煮えくりかえっているらしく眼・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・と、一九五〇年に三好十郎が書いた「ストリップ・ショウ・殺意」とを見くらべれば、現代文学の傾斜が明瞭にわかる。そして、この「殺意」と「三木清における人間の研究」「たぬき退治」とは、それのかかれる精神の状況において連関がある。このような作品は、・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
・・・としても、相手は殺意などを感じはしない。しかるに藤村は、作中の人物がまじめに相手に対して言葉によって働きかけている場合にも、「と言って見せた」という描写をやっているのである。同情なしに見る人は、ここに思わせぶりな態度とか、特殊な癖とかを認め・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫