・・・ 娘二人を島に揚げし後は若者ら寒しとて毛布被り足を縮めて臥しぬ。老夫婦は孫に菓子与えなどし、家の事どもひそひそと語りあえり。浦に着きしころは日落ちて夕煙村を罩め浦を包みつ。帰舟は客なかりき。醍醐の入江の口を出る時彦岳嵐身にしみ、顧みれば・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・橇の毛布には、田川の血が落ちて、凍りついていた。支那人はボール箱の荷物をおろすと、脂ぎった手で無神経にその毛布をめくり上げた。相変らず、おかしげににやにや独りで笑っていた。「イーイーイイイ!」という掛声とともに、別の橇が勢いよく駈けこん・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・二十日間も風呂に這入らない兵士達が、高粱稈のアンペラの上に毛布を拡げ、そこで雑魚寝をした。ある夕方浜田は、四五人と一緒に、軍服をぬがずに、その毛布にごろりと横たわっていた。支那人の××ばかりでなく、キキンの郷里から送られる親爺の手紙にも、慰・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・いでやと毛布深くかぶりて、えいさえいさと高城にさしかかれば早や海原も見ゆるに、ひた走りして、ついに五大堂瑞岩寺渡月橋等うちめぐりぬ。乗合い船にのらんとするに、あやにくに客一人もなし。ぜひなく財布のそこをはたきて船を雇えば、ひきちがえて客一人・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・起きて直ぐ、蒲団を片付け、毛布をたゝみ、歯を磨いて、顔を洗う。その頃に丁度「点検」が廻わってくる。一隊は三人で、先頭の看守がガチャン/\と扉を開けてゆくと、次の部長が独房の中を覗きこんで、点検簿と引き合せて、「六十三番」 と呼ぶ。・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・留置場でもストーヴの側の監房は少しはよかったが、そうでない処は坐ってその上に毛布をかけていても、膝がシン/\と冷たくなる。朝眼をさますと、皆の寝ている起伏の上に雪が一杯ふりかゝっているので吃驚するが、それは雪が吹きこんできたのではなくて、夜・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・叔母さんが毛布を持って来て、貸して下さいました。」「どうだい、みんないいひとだろう。」「ええ。」けれども、やはり不安の様子であった。「これから私たち、どうなるの?」「わからん。」「今夜は、どこへ泊るの?」「そんな事、僕に・・・ 太宰治 「故郷」
・・・私の家は、この三鷹駅から、三曲りも四曲りもして歩いて二十分以上かかる畑地のまん中に在るのだが、そこには訪ねて来る客も無し、私は仕事でもない限りは、一日いっぱい毛布にくるまって縁側に寝ころんでいて、読書にも疲れて、あくびばかりを連発し、新聞を・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 向島の長い土手は、花の頃は塵埃と風と雑沓とで行って見ようという気にはなれないが、花が散って、若葉が深くなって、茶店の毛布が際立って赤く見えるころになると、何だか一日の閑を得て、暢気に歩いて見たいような心地がする。 散歩には此頃は好・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
今日七軒町まで用達しに出掛けた帰りに久し振りで根津の藍染町を通った。親友の黒田が先年まで下宿していた荒物屋の前を通った時、二階の欄干に青い汚れた毛布が干してあって、障子の少し開いた中に皺くちゃに吊した袴が見えていた。なんだ・・・ 寺田寅彦 「イタリア人」
出典:青空文庫