・・・蹴ったくそわるいさかい、オギアオギアせえだい泣いてるとこイ、ええ、へっつい直しというて、天びん担いで、へっつい直しが廻ってきよって、事情きくと、そら気の毒やいうて、世話してくれたンが、大和の西大寺のそのへっつい直しの親戚の家やった。そンでま・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・…… Kへは気の毒である。けれども彼には何処と云って訪ねる処が無い。でやっぱし、十銭持つと、渋谷へ通った。 処が最近になって、彼はKの処からも、封じられることになった。それは、Kの友人達が、小田のような人間を補助するということはKの・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・成程悲惨なる境遇に陥った人であるとツク/″\気の毒に思ったのである。けれども止むなくんばと、「断然離婚なさったら如何です。」「それは新らしき事実を作るばかりです。既に在る事実は其為めに消えません。」「けれども其は止を得ないでしょ・・・ 国木田独歩 「運命論者」
・・・やっと帰ってきた杜氏は気の毒そうに云った。「はあ。」「貯金の規約がこういうことになっとるんじゃ。」と、杜氏は主人が保管している謄写版刷りの通帳を与助の前につき出した。その規約によると、誠心誠意主人のために働いた者には、解雇又は退隠の・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・出会ったので、取りあえずその逸り気な挙動を止めておいて、さて大に踏ん込んでもこの可憫な児を危い道を履ませずに人にしてやりたいと思い、その娘のお浪はまたただ何と無く源三を好くのと、かつはその可哀な境遇を気の毒と思うのとのために、これもまたいろ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・げんにわたくしは、その死に所をえなかったために、気の毒な生き恥をさらしている多くの人びとを見るのである。 一昨年の夏、ロシアより帰国の途中物故した長谷川二葉亭を、朝野こぞって哀悼したころであった。杉村楚人冠は、わたくしにたわむれて、「君・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・そして本当に気の毒そうな顔をした。彼はまたむりをして作った次の日のための金をそこで使ってしまった。帰ったのが遅かった。 二、三日して龍介はまたカフェーへ行った。そして今度の日曜にはぜひ行こうということにきめて帰ってきた。土曜の暮れ方から・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・いらしっては困ります、何処へでも忠実にお歩きあそばせば、御贔屓のお方もいかいこと有りまして来い/\と仰しゃるのにお出でにもならず、実に困ります、殊に日外中度々お手紙をよこして下すった番町の石川様にもお気の毒様で、食べるお米が無くっても、あな・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・お前は遅くまで起きて俺の側に附いていてくれたのい。お気の毒だったぞや」 こうおげんの方から言うと、熊吉は、額のところに手をあてて、いくらか安心したような微笑を見せた。「俺にそんなところへ入れという話なら、真平」とまたおげんが言った。・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・先方の事情にすぐ安値な同情を寄せて、気の毒だ、かわいそうだと思う。それが動機で普通道徳の道を歩んでいる場合も多い。そしてこれが本当の道徳だとも思った。しかしだんだん種々の世故に遭遇するとともに、翻って考えると、その同情も、あらゆる意味で自分・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
出典:青空文庫