・・・――でも今度の看護婦になってからは、年をとっているだけでも気丈夫ですわ。」「熱は?」 慎太郎は口を挟みながら、まずそうに煙草の煙を吐いた。「今計ったら七度二分――」 お絹は襟に顋を埋めたなり、考え深そうに慎太郎を見た。「・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ まだこの間は気丈夫でありました。町の中ですから両側に家が続いております。この辺は水の綺麗な処で、軒下の両側を、清い波を打った小川が流れています。もっともそれなんぞ見えるような容易い積り方じゃありません。 御存じの方は、武生と言えば・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ まことは、両側にまだ家のありました頃は、――中に旅籠も交っています――一面識はなくっても、同じ汽車に乗った人たちが、疎にも、それぞれの二階に籠っているらしい、それこそ親友が附添っているように、気丈夫に頼母しかったのであります。もっとも・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・とお光は美しい眉根を寄せてしみじみ言ったが、「もっともね、あの病気は命にどうこうという心配がないそうだから、遅かれ早かれ、いずれ直るには違いないから気丈夫じゃあるけど、何しろ今日の苦しみが激しいからね、あれじゃそりゃ体も痩せるわ」「まあ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・すると牧君は自分の方は伸ばせば幾らでも伸びると気丈夫な返事をしてくれたので、たちまち親船に乗ったような心持になって、それじゃア少し伸ばしていただきたいと頼んでおきました。その結果として冒頭だか序論だかに私の演説の短評を試みられたのはもともと・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・時計とにらめくらしていると電車が走るわりに時のたつのが遅いのでいくらか気丈夫にもなるが、しかし窓から外を見るごとにまだこんな所かと思う。それでもまだ全然間に合わないとは思えないので、熱心に時計に注意している。平生は十分も二十分もかかると思っ・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫