・・・「うん、ちょっと気味が悪いね。夜になってもやっぱり温いかしら。」「何、すぐに冷たくなってしまう。」 僕はなぜかはっきりとこう云う対話を覚えている。それから僕等の半町ほど向うに黒ぐろと和んでいた太平洋も。…… ・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・「やあ、気味が悪いなあ。土左衛門の足かと思った。」 それは半ば砂に埋まった遊泳靴の片っぽだった。そこには又海艸の中に大きい海綿もころがっていた。しかしその火も消えてしまうと、あたりは前よりも暗くなってしまった。「昼間ほどの獲物は・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・ 使 しかしこの耳は気味が悪いでしょう。 小町 あら、可愛いではありませんか? ちょいとわたしに触らして下さい。わたしは兎が大好きなのですから。(使の兎の耳を玩弄もっとこっちへいらっしゃい。何だかわたしはあなたのためなら、死んでも好・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・こうなるともう鎌倉どころか、そこにいるのさえ何だか気味が悪い。千枝子はとうとう傘もささずに、大降りの雨を浴びながら、夢のように停車場を逃げ出して来た。――勿論こう云う千枝子の話は、あいつの神経のせいに違いないが、その時風邪を引いたのだろう。・・・ 芥川竜之介 「妙な話」
・・・でも僕のしたことを誰も気のついた様子がないので、気味が悪いような、安心したような心持ちでいました。僕の大好きな若い女の先生の仰ることなんかは耳に這入りは這入ってもなんのことだかちっともわかりませんでした。先生も時々不思議そうに僕の方を見てい・・・ 有島武郎 「一房の葡萄」
・・・小児三 でもね、気味が悪いんだもの。画工 気味が悪いと?小児四 ああ、あの、それがね、踊ろうと思って踊るんじゃないんだよ。ひとりでにね、踊るの。踊るまいと思っても。だもの、気味が悪いんだ。画工 遣ってみよう、俺を入れろ。・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・「御幣まで立って警戒をした処があっちゃあ、遠くを離れて漕ぐにしても、船頭が船頭だから気味が悪いもの。」「いいえ、あの御幣は、そんなおどかしじゃありませんの。不断は何にもないんだそうですけれど、二三日前、誰だか雨乞だと言って立てたんだ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ と捩れるばかり、肩を寄せて、「気味が悪い。」「じゃあ、言直そう。ここは蓮池のあとらしいし、この糸で曼陀羅が織れよう。」「ええ、だって、極楽でも、地獄でも、その糸がいけないの。」「糸が不可いとは。」「……だって、椎の・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・真似はせずとも可い事を、鱗焼は気味が悪い。 引続いては兵隊饅頭、鶏卵入の滋養麺麭。……かるめら焼のお婆さんは、小さな店に鍋一つ、七つ五つ、孫の数ほど、ちょんぼりと並べて寂しい。 茶めし餡掛、一品料理、一番高い中空の赤行燈は、牛鍋の看・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・私はもう、気味が悪いやら怖いやら、がたがた顫えておりますと、お神さんがね、貴方、ざくりと釘を掴みまして、(この釘は丑の時参が、猿丸の杉に打込んだので、呪の念が錆附いているだろう、よくお見。これはね大工が家を造る時に、誤って守宮の胴の中へ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
出典:青空文庫