・・・しかし思いのほかに目鼻立の整った、そして怜悧だか気象が好いか何かは分らないが、ただ阿呆げてはいない、狡いか善良かどうかは分らないが、ただ無茶ではない、ということだけは読取れた。 少し気の毒なような感じがせぬではなかったが、これが少年でな・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・それに比べると次郎は、私の甥を思い出させるような人なつこいところと気象の鋭さとがあった。この弟のほうの子供は、宿屋の亭主でもだれでもやりこめるほどの理屈屋だった。 盆が来て、みそ萩や酸漿で精霊棚を飾るころには、私は子供らの母親の位牌を旅・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 高瀬も佇立って、「畢竟、よく働くから、それでこう女の気象が勇健いんでしょう」「そうです。働くことはよく働きますナ……それに非常な質素なところだ……ですけれど、高瀬さん、チアムネスというものは全くこの辺の娘に欠けてますネ」 子安・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
徳富猪一郎君は肥後熊本の人なり。さきに政党の諸道に勃興するや、君、東都にありて、名士の間を往来す。一日余の廬を過ぎ、大いに時事を論じ、痛歎して去る。当時余ひそかに君の気象を喜ぶ。しかるにいまだその文筆あるを覚らざるなり。・・・ 田口卯吉 「将来の日本」
・・・何せ、あのような、変った気象の人なので」 と言いかけて、言葉がつまり、落涙しました。「奥さん。まことに失礼ですが、いくつにおなりで?」 と男のひとは、破れた座蒲団に悪びれず大あぐらをかいて、肘をその膝の上に立て、こぶしで顎を支え・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・マルタの妹のマリヤは、姉のマルタが骨組頑丈で牛のように大きく、気象も荒く、どたばた立ち働くのだけが取柄で、なんの見どころも無い百姓女でありますが、あれは違って骨も細く、皮膚は透きとおる程の青白さで、手足もふっくらして小さく、湖水のように深く・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・これに関してはかつて気象集誌に簡単な記事を載せておいた。 池の水の振動、いわゆるセイシについては、本多さんたちの調べた結果が、大学紀要の二十八巻の五に出ている。ブリキで作った小さな模型もあったはずである。この池の水の運動についてもまだ調・・・ 寺田寅彦 「池」
昨年三月の「潮音」に出ている芭蕉俳句研究第二十四回の筆記中に 千川亭おりおりに伊吹を見てや冬ごもりという句について、この山の地勢や気象状態などが問題になっていて、それについていろいろ立ち入った・・・ 寺田寅彦 「伊吹山の句について」
・・・文造は此の気象の激変に伴う現象を怖れた。彼は番小屋へ駆け込んで太十を喚んだ。太十は死んだようになって居る。「北の方はひでえケイマクだ。おっつあん遁げたらよかねえか」「うるせえな」 太十は僅にこういった。彼は精神の疲労から迚ても動・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・従来の徳育法及び現今とても教育上では好んで義務を果す敢為邁往の気象を奨励するようですがこれは道徳上の話で道徳上しかなくてはならぬもしくはしかする方が社会の幸福だと云うまでで、人間活力の示現を観察してその組織の経緯一つを司どる大事実から云えば・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
出典:青空文庫