・・・それから新らしい潜航艇や水上飛行機も見えないことはなかった。しかしそれ等は××には果なさを感じさせるばかりだった。××は照ったり曇ったりする横須賀軍港を見渡したまま、じっと彼の運命を待ちつづけていた。その間もやはりおのずから甲板のじりじり反・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・ 水上さんがこれを聞いて、莞爾して勧めた。「鞦韆を拵えてお遣んなさい。」 邸の庭が広いから、直ぐにここへ気がついた。私たちは思いも寄らなかった。糸で杉箸を結えて、その萩の枝に釣った。……この趣を乗気で饒舌ると、雀の興行をするよう・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・庭一面に漲り込んだ水上に水煙を立てて、雨は篠を突いているのである。庭の飛石は一箇も見えてるのが無いくらいの水だ。いま五、六寸で床に達する高さである。 もう畳を上げた方がよいでしょう、と妻や大きい子供らは騒ぐ。牛舎へも水が入りましたと若い・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・小川の水上の柳の上を遠く城山の石垣のくずれたのが見える。秋の初めで、空気は十分に澄んでいる、日の光は十分に鮮やかである。画だ! 意味の深い画である。 豊吉の目は涙にあふれて来た。瞬きをしてのみ込んだ時、かれは思わはずその涙をはふり落とし・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・ 茶屋を出て、自分らは、そろそろ小金井の堤を、水上のほうへとのぼり初めた。ああその日の散歩がどんなに楽しかったろう。なるほど小金井は桜の名所、それで夏の盛りにその堤をのこのこ歩くもよそ目には愚かにみえるだろう、しかしそれはいまだ今の武蔵・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・の片側より片側へとゆくに傘ささず襟頸を縮め駒下駄つまだてて飛ぶごとに後ろ振り向くさまのおかしき、いずれかこの町もかかる類に漏るべき、ただ東より西へと爪先上がりの勾配ゆるく、中央をば走り流るる小川ありて水上は別荘を貫く流れと同じく、町人はみな・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・冬籠もりをした汽船は、水上にぬぎ忘れられた片足の下駄のように、氷に張り閉されてしまった。 舷側の水かきは、泥濘に踏みこんで、二進も三進も行かなくなった五光のようだった。つい、四五日前まで船に乗って渡っていた、その河の上を、二頭立の馬に引・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・我野、川越、熊谷、深谷、本庄、新町以上合せて六路の中、熊谷よりする路こそ大方は荒川に沿いたれば、我らが住家のほとりを流るる川の水上と思うにつけて興も多かるべけれと択び定め来しが、今この岐路にしるべの碑のいと大きなるが立てられたるを見ては、あ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・「水上に行こう、ね。」その前のとしのひと夏を、水上駅から徒歩で一時間ほど登って行き着ける谷川温泉という、山の中の温泉場で過した。真実くるし過ぎた一夏ではあったが、くるしすぎて、いまでは濃い色彩の着いた絵葉書のように甘美な思い出にさえなっ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・七、八年も昔の事であるが、私は上州の谷川温泉へ行き、その頃いろいろ苦しい事があって、その山上の温泉にもいたたまらず、山の麓の水上町へぼんやり歩いて降りて来て、橋を渡って町へはいると、町は七夕、赤、黄、緑の色紙が、竹の葉蔭にそよいでいて、ああ・・・ 太宰治 「作家の手帖」
出典:青空文庫