・・・暖かい日の午過食後の運動がてら水仙の水を易えてやろうと思って洗面所へ出て、水道の栓を捩っていると、その看護婦が受持の室の茶器を洗いに来て、例の通り挨拶をしながら、しばらく自分の手にした朱泥の鉢と、その中に盛り上げられたように膨れて見える珠根・・・ 夏目漱石 「変な音」
・・・な戸を叩く狸と秋を惜みけり石を打狐守る夜の砧かな蘭夕狐のくれし奇楠をん小狐の何にむせけん小萩原小狐の隠れ顔なる野菊かな狐火の燃えつくばかり枯尾花草枯れて狐の飛脚通りけり水仙に狐遊ぶや宵月夜 怪異を詠み・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・「カシオピイア、 もう水仙が咲き出すぞ おまえのガラスの水車 きっきとまわせ。」 雪童子はまっ青なそらを見あげて見えない星に叫びました。その空からは青びかりが波になってわくわくと降り、雪狼どもは、ずうっと遠くで焔のように・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
・・・ 5 水仙月の四日赤い毛布を被ぎ、「カリメラ」の銅鍋や青い焔を考えながら雪の高原を歩いていたこどもと、「雪婆ンゴ」や雪狼、雪童子とのものがたり。 6 山男の四月四月のかれ草の中にねころんだ山男の夢です。烏の北・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・ 紺三郎なんかまるで立派な燕尾服を着て水仙の花を胸につけてまっ白なはんけちでしきりにその尖ったお口を拭いているのです。 四郎は一寸お辞儀をして云いました。「この間は失敬。それから今晩はありがとう。このお餅をみなさんであがって下さ・・・ 宮沢賢治 「雪渡り」
・・・ 傍机の壺に投げ入れた喇叭水仙の工合を指先でなおし乍ら、愛は、奇妙なこの感情を静に辿って行った。拘泥して居た胸の奥が、次第に解れて来る。終には、照子に対するどこやら錯覚的な愉快ささえ、ほのぼのと湧き出して来た。愛は、自分だけにしか判らな・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・ひどく早く咲く花だとも云われる。水仙よりも、ヒヤシントよりも早く咲く花だとも云われる。 去年の十二月であった。白山下の花屋の店に、二銭の正札附でサフランの花が二三十、干からびた球根から咲き出たのが列べてあった。私は散歩の足を駐めて、球根・・・ 森鴎外 「サフラン」
・・・床の間に梅と水仙の生けてある頃の寒い夜が、もうだいぶ更けていて、紅葉君は火鉢の傍へ、肱枕をして寐てしまった。尤も紅葉君は折々狸寐入をする人であったから、本当に寐ていたかどうだか知らない。僕はふいと床の間の方を見ると、一座は大抵縞物を着ている・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫