・・・ 僕は葉巻を銜えたまま、舟ばたの外へ片手を下ろし、時々僕の指先に当る湘江の水勢を楽しんでいた。譚の言葉は僕の耳に唯一つづりの騒音だった。しかし彼の指さす通り、両岸の風景へ目をやるのは勿論僕にも不快ではなかった。「この三角洲は橘洲と言・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・江戸川の水勢を軟らげ暴漲の虞なからしむる放水路の関門であることは、その傍まで行って見なくとも、その形がその事を知らせている。 水の流れは水田の唯中を殆ど省線の鉄路と方向を同じくして東へ東へと流れて行く。遠くに見えた放水路の関門は忽ち眼界・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・と言えば水勢ぬるく「たいか」と言えば水勢急に感ぜられ、「いただき」と言えば山嶮しからず、「ぜっちょう」と言えば山嶮しく感ぜらる。 漢語を用いていかめしくしたる句蚊遣してまゐらす僧の座右かな売卜先生木の下闇の訪はれ顔「・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫