・・・しかも、作者は一種の熱中をもって主人公葉子の感情のあらゆる波を追究しようとしていて、時には表現の氾濫が感じられさえする。 葉子というこの作の主人公が、信子とよばれたある実在の婦人の生涯のある時期の印象から生れているということはしばしば話・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
・・・しかも、こちらは、愚劣な雑音の氾濫を頭から浴びせられているばかりで、それを調整するために自分の手を出すことはもちろん、やかましいスウイッチを切る自由さえも与えられていない。それは役所の日課の時間割によって、忠実になされているのであるから。私・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・巨大資本にしたがえられた商業ジャーナリズム・商品文学の氾濫を批判してすべての作家たちと読者とは、「小説病」は防がれ治癒されなければならないと考えている。そのための必要な文学行動はとりもなおさずジャーナリズムを支配しようとしているのと本質にお・・・ 宮本百合子 「五月のことば」
・・・ ジャーナリズムの上に氾濫している小説の数によって、一つの民族がろくな文学も持たない「島の住民」となる危険から保障されていると云えるものはない。一つの民族の社会と文学の健全にとっては、少数の西欧文学精神のうけつぎてが、自国の文学について・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・ 二 前年までの肉体文学は、よりひろい風俗文学、中間小説とよばれる読もの小説の氾濫に合流した。これらの文学は、戦争中、こぞってそのほとんどが戦争肯定をしていたように、きょうはきょうなりのなまぐさい風のまにま・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
一九四九年の春ごろから、ジャーナリズムの上に秘史、実録、実記と銘をうたれた記録ものが登場しはじめた。 氾濫した猥雑な雑誌とその内容はあきられて記録文学、ルポルタージュの特集が新しい流行となった。 記録文学、ノン・フ・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・そして当時の既成作家の大部分が、円本の氾濫によって所謂金もちになり、多少の資産をもつようになり、溌剌たる創作力を次第に生暖い日本生活の懐の中で鈍らせ始めた。折から、好況後の経済恐慌によって世間は鋭く現実に目を醒されたと同時に、文学の領域に力・・・ 宮本百合子 「今日の文学と文学賞」
・・・ 成程最近の種々な文学賞の氾濫は、一層文学を愛好する青年を見えざる文壇というものの周囲につめかけさせ、そのことは現実に或る種の作家が、人間的にも文学的にも薄弱な少なからぬ若者に囲繞せられる結果をひき起している。それぞれの賞に関係する選者・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 臍の緒なしにつくられる「手芸的作品」氾濫の問題は、案外に大きく、真実の意味での創作の方法を見失った作家が、モチーフをさえその心胸から消して、敢て苦しまないという不幸から生じているのである。 作家がモチーフをつよく自身の芸術的魂のう・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・と云ったりしたが、氾濫しつつ彼の頭に襲いかかって来る数式の運動に停止を与えることが出来ないなら、栖方の頭も狂わざるを得ないであろうと梶は思った。 正確だから狂うのだ、という逆説は、彼にはたしかに通用する近代の見事な美しさをも語っている。・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫