・・・またよしんばそうでないにしても、かような場合に立ち至って見れば、その汚名も受けずには居られますまい。まして、余人は猶更の事でございます。これは、仇討の真似事を致すほど、義に勇みやすい江戸の事と申し、且はかねがね御一同の御憤りもある事と申し、・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・借銭、それも、義理のわるい借銭、これをどうする。汚名、半気ちがいとしての汚名、これをどうする。病苦、人がそれを信じて呉れない皮肉な病苦、これをどうする。そうして、肉親。「ねえ、おまえは、やっぱり私の肉親に敗れたのだね。どうも、そうらしい・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・沢山の汚名を持つ私を、たちの悪い、いたずら心から、わざと鄭重に名士扱いにして、そうして、蔭で舌を出して互に目まぜ袖引き、くすくす笑っている者たちが、確かに襖のかげに、うようよ居るように思われ、私は頗る落ちつかなかったのである。故郷の者は、ひ・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・いい気になって、れいの調子づいて、微にいり細をうがってどろぼうの体験談など語っていると、人は、どうせあいつのことだ、どろぼうくらいは、やったかも知れぬと、ひそひそ囁き合って、私は、またまた、とんだ汚名を着せられるやも、はかり難い。それゆえ、・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ それもいい、けれど捕えられた暁には、この上もない汚名をこうむったうえに同じく死! さればとて前進すれば必ず戦争の巷の人とならなければならぬ。戦争の巷に入れば死を覚悟しなければならぬ。かれは今始めて、病院を退院したことの愚をひしと胸に思い当・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・そして結局何かしら不祥な問題でも起してやはり汚名を後生に残したかもしれない。 こういう点でどこかスパランツァニに似ている。優れた自由な頭脳と強烈な盲目の功名心の結合した場合に起りやすい現象であると思う。 この随筆中に仏書の悪口をいう・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 小慧しくよそおった社会的な地位や名声に目を眩まされて牛を売りそこねないよう、諺の汚名をそそぐように勉強しましょう。〔一九四六年一月〕 宮本百合子 「家庭裁判」
・・・p.79 共和主義なんてレッテルとポリテクニックの放校生なんていまいましい汚名を雪ごうと思った。デリケートで気のきいた、むずかしい――そう云った行動ばかりする気でいた。ところが五十四フランのがくぶちと五フランの石刷画ですむんだ。リュ・・・ 宮本百合子 「「緑の騎士」ノート」
出典:青空文庫