・・・たとえ、両国橋、新大橋、永代橋と、河口に近づくに従って、川の水は、著しく暖潮の深藍色を交えながら、騒音と煙塵とにみちた空気の下に、白くただれた目をぎらぎらとブリキのように反射して、石炭を積んだ達磨船や白ペンキのはげた古風な汽船をものうげにゆ・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・ 予はふかくこの夢幻の感じに酔うて、河口湖畔の舟津へいでた。舟津の家なみや人のゆききや、馬のゆくのも子どもの遊ぶのも、また湖水の深沈としずかなありさまやが、ことごとく夢中の光景としか思えない。 家なみから北のすみがすこしく湖水へはり・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・海近き河口に至る。潮退きて洲あらわれ鳥の群、飛び回る。水門を下ろす童子あり。灘村に舟を渡さんと舷に腰かけて潮の来るを待つらん若者あり。背低き櫨堤の上に樹ちて浜風に吹かれ、紅の葉ごとに光を放つ。野末はるかに百舌鳥のあわただしく鳴くが聞こゆ。純・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・そうしてずいぶん遠く下流にまでやって来る様子で、たいへん大きな河の河口で網を打っていたら、その網の中にはいっていたなどの話もあるようでございます。だいたい日本のどの辺に多くいるのか、それはあのシーボルトさんの他にも、和蘭人のハンデルホーメン・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・もはや、河口である。これから、すぐ日本海に出るのだ。ゆらりと一揺れ大きく船がよろめいた。海に出たのである。エンジンの音が、ここぞと強く馬力をかけた。本気になったのである。速力は、十五節。寒い。私は新潟の港を見捨て、船室へはいった。二等船室の・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・信濃川の河口です。別段、感慨もありませんでした。東京よりは、少し寒い感じです。マントを着て来ないのを、残念に思いました。私は久留米絣に袴をはいて来ました。帽子は、かぶって来ませんでした。毛糸の襟巻と、厚いシャツ一枚は、かばんに容れて持って来・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・その時刻にそこから十町も下流の河口を船で通りかかった人が、何かしら水面でぼちゃぼちゃ音がしていると思ってよく見ると、一匹の「えんこう」が、しきりにぐるぐる廻転運動をしているのであった。つまり「えんこう」の手は自由自在に伸長されるもので、こん・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・ 島が生まれるという記事なども、地球物理学的に解釈すると、海底火山の噴出、あるいは地震による海底の隆起によって海中に島が現われあるいは暗礁が露出する現象、あるいはまた河口における三角州の出現などを連想させるものがある。 なかんずく速・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・または海上より見た河口。阿波国名もあるいは同じか。五百蔵 「イウォロ」山。斗賀野 「ツク」上方に拡がる「ヌ平原丘。四万十川 「シ」甚だ。「マムタ」美しき。布師田 北海道に「ヌノユシ」の地名がある。蓬野の義である。伊尾木 ・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・またチェリュスキン岬とレナ河口とにも観測所を設け、後者の一部は永久的のものにする。一方ではレニングラードからランゲル島へかけベーリング海近くまでも飛行機を飛ばし空中写真測量で北シベリアいったいの地図を作る事になっている。なおそのほかに探険船・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
出典:青空文庫