・・・ 死力を籠めて、起上ろうとすると、その渦が、風で、ごうと巻いて、捲きながら乱るると見れば、計知られぬ高さから颯と大滝を揺落すように、泡沫とも、しぶきとも、粉とも、灰とも、針とも分かず、降埋める。「あっ。」 私はまた倒れました。・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・しかし科学の世界ではすべての間違いは泡沫のように消えて真なもののみが生き残る。それで何もしない人よりは何かした人のほうが科学に貢献するわけである。 頭のいい学者はまた、何か思いついた仕事があった場合にでも、その仕事が結果の価値という点か・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
・・・赤熱した岩片が落下して表面は急激に冷えるが内部は急には冷えない、それが徐々に冷える間は、岩質中に含まれたガス体が外部の圧力の減った結果として次第に泡沫となって遊離して来る、従って内部が次第に海綿状に粗鬆になると同時に膨張して外側の固結した皮・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・どこをつかまえるようもない泡沫の海におぼれんとする時に私の手に触れるものが理学の論理的系統である。絶対的安住の世界が得られないまでも、せめて相対的の確かさを科学の世界に求めたい。 こういう意味で私は、同じような不安と要求をもっている多く・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・未来の世まで反語を伝えて泡沫の身を嘲る人のなす事と思う。余は死ぬ時に辞世も作るまい。死んだ後は墓碑も建ててもらうまい。肉は焼き骨は粉にして西風の強く吹く日大空に向って撒き散らしてもらおうなどといらざる取越苦労をする。 題辞の書体は固より・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・死の問題を解決するというのが人生の一大事である、死の事実の前には生は泡沫の如くである、死の問題を解決し得て、始めて真に生の意義を悟ることができる。 物窮まれば転ず、親が子の死を悲しむという如きやる瀬なき悲哀悔恨は、おのずから人心を転じて・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・波頭に 白く まろく、また果かなく少女時代の夢のように泡立つ泡沫は新たに甦る私の前歯とはならないか。打ちよせ 打ち返し轟く永遠の動きは鈍痲し易い人間の、脳細胞を作りなおすまいか。幸運のアフロディテ水沫から生れたア・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・ 女性の勤労がひろまり高まるにつれて、文化の面でも女性の動きが現れるのは自然だけれども、その勤労が女性の歴史の成長にとってただの消耗であってはならないように、女性の書く本が目の先の過ぎゆく文化的泡沫であったりしては悲しいと思う。 も・・・ 宮本百合子 「女性の書く本」
・・・「新人号」二冊と同じ歴史的意義しかないものだろうか。「泡沫の記録」「妻よねむれ」「播州平野」その他は、民主的文学以外のどこに、生れ得る作品だろう。文学作品がそういう風に、同時代に生きているものとして生きかたをしめし、考えかたをしめし、現実を・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・はるかな西のかん木のしげみの間から、現われて来る流れは、小さな泡沫を沢山浮べながら、さも愉快そうにゆれゆれて流れ、池へ入る口では、せばめられた水嵩が、周囲の草や石にあたって、心のすがすがするような高い、透明な響を起す。その傍に、小さな小屋を・・・ 宮本百合子 「「禰宜様宮田」創作メモ」
出典:青空文庫