・・・時代は変ったのだ。洗髪に黄楊の櫛をさした若い職人の女房が松の湯とか小町湯とか書いた銭湯の暖簾を掻分けて出た町の角には、でくでくした女学生の群が地方訛りの嘆賞の声を放って活動写真の広告隊を見送っている。 今になって、誰一人この辺鄙な小石川・・・ 永井荷風 「伝通院」
七月○日 火曜日 散歩。 F子洗髪を肩に垂らしたまま出た。水瓜畑の間を通っていると、田舎の男の児、 狐の姐さん! 化け姐さん!と囃した。 七月○日 水曜日 三時過から仕度をし、T・P・W倶楽部・・・ 宮本百合子 「狐の姐さん」
・・・入口のところで、久しぶりに悠くり湯で遊んで来た一人の小娘が、両膝の間でちょっと風呂敷包を挾んだ姿で余念なく洗髪に櫛を通して居た。髪はまだ濡れて重い。通りよい櫛の歯とあたたかそうな湯上りの耳朶を早い春の風が掠める。……空気全体、若い、自由を愉・・・ 宮本百合子 「町の展望」
・・・一人は、洗髪にうっすり御化粧をして、しぼりの着物に白い帯をしめて……も一人は大模様の浴衣がけで同じ帯をしめてたんですが、着物の色の顔にうつりのよかった事ったら、たまらないほどだったんで、とうとう我まんできずにその女のとこに行って、『書かして・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・ 後れ先立つ娘の子の、同じような洗髪を結んだ、真赤な、幅の広いリボンが、ひらひらと蝶が群れて飛ぶように見えて来る。 これもお揃の、藍色の勝った湯帷子の袖が翻る。足に穿いているのも、お揃の、赤い端緒の草履である。「わたし一番よ」・・・ 森鴎外 「杯」
出典:青空文庫