・・・幸に世界を流るる一の大潮流は、暫く鎖した日本の水門を乗り越え潜り脱けて滔々と我日本に流れ入って、維新の革命は一挙に六十藩を掃蕩し日本を挙げて統一国家とした。その時の快豁な気もちは、何ものを以てするも比すべきものがなかった。諸君、解脱は苦痛で・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・その一条をとりてわれかつて笛吹きし時たけたかく伸びし野の草はおろかや牧場は端より端にいたるまであるいはしなやかなる柳の木ささやかなる音して流るる小川さへ皆一時に応へてふるへをののぎぬ。蘆の細茎の一すぢは過ぎし日かつて・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・柳の中を流るるシャロットの河も消える。河に沿うて往きつ来りつする人影は無論ささぬ。――梭の音ははたとやんで、女の瞼は黒き睫と共に微かに顫えた。「凶事か」と叫んで鏡の前に寄るとき、曇は一刷に晴れて、河も柳も人影も元の如くに見われる。梭は再び動・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・農を勧めんとして農業興らず、工商を導かんとして景気ふるわず、あるいは人心頑冥固陋に偏し、また、あるいは活溌軽躁に流るる等にて、これを見て堪え難きは、医師が患者の劇痛を見てこれを救わんとするの情に異ならざるべしといえども、これを救うの術は、た・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・すます卯月かな更衣印籠買ひに所化二人床涼み笠著連歌の戻りかな秋立つや白湯香しき施薬院秋立つや何に驚く陰陽師甲賀衆のしのびの賭や夜半の秋いでさらば投壺参らせん菊の花易水に根深流るゝ寒さかな飛騨山の質屋鎖しぬ夜半・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・かくて兄弟の膝に怨みの涙、憤怒の涙は流るるとも「道義」のために彼らは断乎として嘆かぬ。吾人はレマン湖畔シーヨンの城にこの七人の猛き霊的本能主義者の足跡の残れるを知る。 さらにルーテルを見よ、クリストを見よ、霊の高翔する時物質の苦を忍ぶは・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫