・・・骨を離れて流れて了ったのだ。無気味にゲタと笑いかけて其儘固まって了ったらしい頬桁の、その厭らしさ浅ましさ。随分髑髏を扱って人頭の標本を製した覚もあるおれではあるが、ついぞ此様なのに出逢ったことがない。この骸骨が軍服を着けて、紐釦ばかりを光ら・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・どうかして君の生活をなりたたせたい、この活きた生活の流れの上に引きだしたいものといろいろと骨を折ったつもりだが、しかしこのごろになって、始めて、僕は君の本体なるものがどんなんか、少し解りかけた気がする。とにかく君の本体なるものは活きた、成長・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・僕一人が世間に住みつく根を失って浮草のように流れている。そしていつもそんな崖の上に立って人の窓ばかりを眺めていなければならない。すっかりこれが僕の運命だ。そんなことが思えて来るのです。――しかし、それよりも僕はこんなことが言いたいんです。つ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・前を遶る渓河の水は、淙々として遠く流れ行く。かなたの森に鳴くは鶇か。 朝夕のたつきも知らざりし山中も、年々の避暑の客に思わぬ煙を増して、瓦葺きの家も木の葉越しにところどころ見ゆ。尾上に雲あり、ひときわ高き松が根に起りて、巌にからむ蔦の上・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・豊吉は柳の陰に腰掛けて久しぶりにその影を昔の流れに映した。小川の流れはここに来て急に幅広くなって、深くなって静かになって暗くなっている。 柳の間をもれる日の光が金色の線を水の中に射て、澄み渡った水底の小砂利が銀のように碧玉のように沈んで・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・「ロックや、ヒュームやカントが作りあげた認識主観の脈管には現実赤い血潮が通っているのでなくて、単に思惟活動として、理性の稀薄な液汁が流れているのみである」この紅い血潮は意志し、感じ表象する「全人」の立場からのみくみとることができる。「生」は・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・小川が静かに流れていた。栗島は、時々、院庭へ出て、白樺のあたりを見おろした。 彼は、あの土をもり上げた底から、なお、叫び唸る声がひゞいて来るような気がした。狭い穴の中で、必死に、力いっぱいにのたうちまわっている、老人が、まだ、目に見える・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 若崎は話しの流れ方の勢で何だか自分が自分を弁護しなければならぬようになったのを感じたが、貧乏神に執念く取憑かれたあげくが死神にまで憑かれたと自ら思ったほどに浮世の苦酸を嘗めた男であったから、そういう感じが起ると同時にドッコイと踏止まる・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ 二 万物は皆な流れ去るとヘラクリタスも言った、諸行は無常、宇宙は変化の連続である。 其実体には固より終始もなく生滅もなき筈である、左れど実体の両面たる物質と勢力とが構成し仮現する千差万別・無量無限の個々の形体に・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・血が口から流れてきた。彼は二、三度血の唾をはいた。「ばか、見ろいッ!」 親分の胸がハダけて、胸毛がでた。それから棒頭に「やるんだぜ!」と合図をした。 一人が逃亡者のロープを解いてやった。すると棒頭がその大人の背ほどもある土佐・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
出典:青空文庫