・・・要するに教育事業を救うの道はただ一語で「もっと眼に浮ぶようにする」という事である。出来る限りは知識が体験がにならねばならない。この根本方針は未来の学校改革に徹底させるべきものである。」 大学あたりの高等教育についてはあまり立入った話はし・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・上流の小松島から橋場へわたる渡船も大正の初めには早く白鬚橋がかけられて乗る人がなくなったので、現在では隅田川に浮ぶ渡船はどこを眺めても見られなくなった。 わたくしはこれらの渡船の中で今戸の渡しを他処のものより最も興味深く思返さねばならな・・・ 永井荷風 「水のながれ」
・・・舟は波に浮ぶ睡蓮の睡れる中に、音もせず乗り入りては乗り越して行く。蕚傾けて舟を通したるあとには、軽く曳く波足と共にしばらく揺れて花の姿は常の静さに帰る。押し分けられた葉の再び浮き上る表には、時ならぬ露が珠を走らす。 舟は杳然として何処と・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ 軍艦とは浮ぶために造られたのか、沈むために造られたのか! 兵隊と云うものは、殺すためにあるものか、殺されるためにあるものか! それは、一つの国家と、その向う側の国家とで勝手に決める問題だ。 これは、ブルジョアジーと、プロレタリアー・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・ 今その然る所以の理由を述べんに、婦人の地位の低きとは、男子に対して低きことなれば、これを引上げて高き処に置かんとするに当たり、第一着に心頭に浮ぶものは、とにかくに、今の婦人をして今の男子の如くならしめんとするの思想なるべし。然り而して・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・こと日々ある日また四老に会す、幽賞雅懐はじめのごとし、眼を閉じて苦吟し句を得て眼を開く、たちまち四老の所在を失す、しらずいずれのところに仙化して去るや、恍として一人みずから佇む時に花香風に和し月光水に浮ぶ、これ子が俳諧の郷なり 蕪村・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・いよいよ今日は歩いてもだめだと学士はあきらめてぴたっと岩に立ちどまりしばらく黒い海面と向うに浮ぶ腐った馬鈴薯のような雲を眺めていたが、又ポケットから煙草を出して火をつけた。それからくるっと振り向いて陸の方・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・ いい考えは、むずかしい本をよんでいるときに浮ぶのではなくて、真面目にものをうけとる心さえあればいい音楽をきいていて、十分深い思慮を扶けられるものであり、ユーモアは、社会批判であることを知りたいと思います。 そして、私たちの考える能・・・ 宮本百合子 「朝の話」
・・・祭をする度に、祭るに在すが如くすと云う論語の句が頭に浮ぶ。しかしそれは祖先が存在していられるように思って、お祭をしなくてはならないと云う意味で、自分を顧みて見るに、実際存在していられると思うのではないらしい。いられるように思うのでもないかも・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・茸の見いだされ得るような場所の感じが、はっきりと子供の心に浮かぶようになる。彼はもはや漫然と松林の中に茸を探すのではなく、松林の中のここかしこに散在する茸の国を訪ねて歩くのである。その茸の国で知人に逢う喜びに胸をときめかせつつ、彼は次から次・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫