・・・ 家浮沈の問題たる前途の考えも、措き難い目前の仕事に逐われてはそのままになる。見舞の手紙見舞の人、一々応答するのも一仕事である。水の家にも一日に数回見廻ることもある。夜は疲労して座に堪えなくなる。朝起きては、身の内の各部に疼痛倦怠を覚え・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・リンカーンはたった三冊の書物によってかれの全性格を造り上げたという記事が強く自分を感動させたのであったが、この事実は書物の洪水の中に浮沈する現在の青少年への気付け薬になるかもしれない。「リンカーン伝」でよびさまされた自分の中のあるものが・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・会社の浮沈を我身の浮沈と考えていた。彼等は争議団員中の軟派分子を知っていた。またいろいろの団員中の弱点も知っていた。それで第一に行われたのが、「切り崩し」「義理と人情づくめ誘拐」であった。しかしそれも大した功を奏しなかった。そこで今度は、ス・・・ 徳永直 「眼」
・・・「他のことなら何とでもなるんだが、一家の浮沈に関することなんだから、どうも平田が帰郷ないわけに行かないんでね、私も実に困っているんだ」「家君さんがなぜ御損なんかなすッたんでしょうねえ」と、吉里はやはり涙を拭いている。「なぜッて。・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・仮令い直接に身を汚さゞる者あるも、帰する所は肉交の波瀾中に浮沈するものと言わざるを得ず。左れば今日両性の気品を高尚にして其交際を広くし、随て結婚の契約をも自由自在ならしめんとするには、唯社会改良の時節を待つのみ。否な、徒に其時節到来を待つに・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・ 婦選の動きが日本にあってはこのように見るも痛々しい浮沈をくりかえして、公民権さえもついに誕生し得ないまま未曾有の世界史的変化に当面しているという今日の現実は、明日における主婦たちの政治的自覚を期待する上に、消すことのできない大きい深刻・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・宇野浩二の「浮沈」などを代表として。 さらに昨今の特徴として目立つ傾向はデカダニズム、またはエロティシズムです。織田作之助、舟橋聖一、北原武夫、坂口安吾その他の人々の作品があります。 個々の作家についてみればそれぞれ異った作風、デカ・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・ 一九四六年の一月、久しぶりで再発足したいくつかの商業雑誌がこぞって永井荷風の「浮沈」「踊子」「問わずがたり」などをのせ、ひきつづいて正宗白鳥、宇野浩二、志賀直哉などの作品をあらそって載せた現象は、日本の悲劇の一面をあらわした。商業雑誌・・・ 宮本百合子 「婦人作家」
・・・松坂以来九郎右衛門の捜索方鍼に対して、稍不満らしい気色を見せながら、つまりは意志の堅固な、機嫌に浮沈のない叔父に威圧せられて、附いて歩いていた宇平が、この時急に活気を生じて、船中で夜の更けるまで話し続けた。 十六日の朝舟は讃岐国丸亀に着・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫