・・・限りなき嬉しさの胸に溢れると等しく、過去の悲惨と烈しき対照を起こし、悲喜の感情相混交して激越をきわむれば、だれでも泣くよりほかはなかろう。 相思の情を遂げたとか恋の満足を得たとかいう意味の恋はそもそも恋の浅薄なるものである。恋の悲しみを・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・だが、この寺内の淡島堂は神仏混交の遺物であって、仏具を飾って僧侶がお勤めをしていたから、椿岳もまた頭を剃円めて法体し、本然と名を改めて暫らくは淡島様のお守をしていた。 この淡島堂のお堂守時代が椿岳本来の面目を思う存分に発揮したので、奇名・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・腹中の人には、馬琴の小説はイヤに偏屈で、隅から隅まで尺度を当ててタチモノ庖丁で裁ちきったようなのが面白くなくも見えましょうが、それはそれとして置いて、馬琴の大手腕大精力と、それから強烈な自己の道義心と混淆化合してしまった芸術上の意見、即ち勧・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・勿論道家と仏家は互に相奪っているから、支那において既に混淆しており、従って日本においても修験道の所為など道家くさいこともあり、仏家が「九字」をきるなど、道家の咒を用いたり、符ふろくの類を用いたりしている。神仏混淆は日本で起り、道仏混淆は支那・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・で食物をつッつきまぜ返して消化液をほどよく混淆させるのだそうである。ここにも造化の妙機がある。またある虫ではこれに似たもので濾過器の役目をすることもあるらしい。 もしかわれわれ人間の胃の中にもこんな歯があってくれたら、消化不良になる心配・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・従って我等の国語にはあらゆる民族の言語が混淆し融合してしまって、今となっては容易に分析することが出来ないようになってしまっているように思われる。我等の同胞の顔貌の中にはまたあらゆる人種の定型がそれぞれに標本的に洩れなく代表されているようであ・・・ 寺田寅彦 「短歌の詩形」
・・・クリンの田舎者に近づかざるべからざる理由があってまさに近づいたものと見える、その理由に曰くここは馬を乗る所で自転車に乗る所ではないから自転車を稽古するなら往来へ出てやらしゃい、オーライ謹んで命を領すと混淆式の答に博学の程度を見せてすぐさまこ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・されば意の未だ唱歌に見われぬ前には宇宙間の森羅万象の中にあるには相違なけれど、或は偶然の形に妨げられ或は他の意と混淆しありて容易には解るものにあらず。斯程解らぬ無形の意を只一の感動に由って感得し、之に唱歌といえる形を付して尋常の人にも容易に・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・これらは紀行的韻文とも見るべく、諸体混淆せる叙情詩とも見るべし。惜しいかな、蕪村はこれを一篇の長歌となして新体詩の源を開く能わざりき。俳人として第一流に位する蕪村の事業も、これを広く文学界の産物として見れば誠に規模の小なるに驚かずんばあらず・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 興味のあることは、こういう種類の読者の層と文学がすきでずっといろいろの文学書も読んで来たというような一部の読者とが、いつの間にやら購買力としてひき出される社会現象のなかで混淆してしまって、これまでの判断や好みをぼんやりさせられてしまっ・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
出典:青空文庫