・・・ かくのごとく我儘であるくせにまた甚だしく臆病な彼は、自分で断然年賀端書を廃して悠然炬燵にあたりながら彼の好む愚書濫読に耽るだけの勇気もないので、表面だけは大人しく人並に毎年この年中行事を遂行して来た。早く手廻しをすればよいのに、元日に・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・しかし朝は授業がないからゆっくりして日のよく当った居間の障子の内で炬燵にあたりながら何かしていた。十時半頃に学校へ行ったら「数物」の校正が来ていたからすぐに訂正して木下君の部屋へ持って行った。自分の室へ帰って先日国民美術協会でやった講演「雲・・・ 寺田寅彦 「病中記」
・・・しめやかなランプの光の下に、私は母と乳母とを相手に、暖い炬燵にあたりながら絵草紙錦絵を繰りひろげて遊ぶ。父は出入りの下役、淀井の老人を相手に奥の広間、引廻す六枚屏風の陰でパチリパチリ碁を打つ。折々は手を叩いて、銚子のつけようが悪いと怒鳴る。・・・ 永井荷風 「狐」
○ 曇って風もないのに、寒さは富士おろしの烈しく吹きあれる日よりもなお更身にしみ、火燵にあたっていながらも、下腹がしくしく痛むというような日が、一日も二日もつづくと、きまってその日の夕方近くから、待設けていた小雪・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・この大鍋の中で倫敦の煤を洗い落したかと思うとますますその人となりが偲ばるる。ふと首を上げると壁の上に彼が往生した時に取ったという漆喰製の面型がある。この顔だなと思う。この炬燵櫓ぐらいの高さの風呂に入ってこの質素な寝台の上に寝て四十年間やかま・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・水の粉やあるじかしこき後家の君尼寺や善き蚊帳垂るゝ宵月夜柚の花や能酒蔵す塀の内手燭して善き蒲団出す夜寒かな緑子の頭巾眉深きいとほしみ真結びの足袋はしたなき給仕かな宿かへて火燵嬉しき在処 後の形容詞を用い・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・を推薦しなかった事実である。炬燵の中の雪見酒めいた文学の風情は、第二次大戦後の人類が、平和をもとめ、生活の安定をもとめてたたかっている苦痛と良心に対して、さすがにあつかましく押し出すにたえ得なかったのであった。 この実例は、ある人々の日・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
昨夜おそく帰ったので私は昼近くなるまで、何もしらずに赤坊の様によく寝込んで仕舞った。 弟共はすっかりそろって炬燵の囲りに集って、私の寝坊なのを笑って居る処へ眼を覚した私は、家が飛んできそうに皆が笑うのにびっくりして、重・・・ 宮本百合子 「午後」
これは、いかにもひま人らしい質問です。同時に、一寸ニクマレ口をきかしてもらえば、いかにも婦人雑誌の特徴を発揮した質問です。 なぜなら、恋愛問題だけをきりはなし、例えば正月、炬燵にあたったり、ハイカラなら、電熱ストーブに・・・ 宮本百合子 「ゴルフ・パンツははいていまい」
・・・男だって女だってプロレタリアートなら、ボヤボヤ炬燵にもぐって正月してるものはないさ。 ――一九三一年は一つ俺たちの暦でやろう。〔一九三一年一月〕 宮本百合子 「正月とソヴェト勤労婦人」
出典:青空文庫