・・・日が暮れて、車室の暗い豆電燈が、ぼっと灯る。私は配給のまずしい弁当をひらいて、ぼそぼそたべる。佃煮わびしく、それでも一粒もあますところ無くたべて、九銭のバットを吸う。夜がふけて、寝なければならぬ。私は、寝る。枕の下に、すさまじい車輪疾駆の叫・・・ 太宰治 「鴎」
・・・はじめ軒端を伝って、ちょろちょろ、まるで鼠のように、青白い焔が走って、のこぎりの歯の形で、三角の小さい焔が一列に並んでぽっと、ガス燈が灯るように軒端に灯って、それから、ふっと消える。軒端の材木から、熱のためにガスが噴き出て、それに一先ず点火・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・スウィッチを入れると数十の電燈が一度に灯ると同じように、この植物のどこかに不思議なスウィッチがあって、それが光の加減で自働的に作用して一度に花を開かせるのではないかと思われるようである。ある日の暮方、時計を手にして花の咲くのを待っていた。縁・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・今にもう少し暗くなると、狭い温泉町の入口に高く一つ電燈が点る。特に靄のこめた夕暮、ポツリと光る孤独な灯の色はその先に海岸でもあるような心持を抱かせる。北の荒れた漁村でもあるような風景を描く。 おおこれは。――深い靄だ。晴れた黄昏にはこの・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・ 今夜ローソクが点る樅の木を買って君達のホテルへ行くから、お茶でものませて、ということになった。 自分は夕方、紙切れを握って塩漬キャベジの匂いのする食糧販売店の減った石段をトン、トン、トンと下りて行った。 紙切れを見ては、あやし・・・ 宮本百合子 「モスクワの姿」
出典:青空文庫