・・・印象をうけていたものはこの付添婦という寂しい女達の群れのことであって、それらの人達はみな単なる生活の必要というだけではなしに、夫に死に別れたとか年が寄って養い手がないとか、どこかにそうした人生の不幸を烙印されている人達であることを吉田は観察・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・もし僕の願が叶わないで以て、大哲学者になったなら僕は自分を冷笑し自分の顔に『偽』の一字を烙印します」「何だね、早く言いたまえその願というやつを!」と松木はもどかしそうに言った。「言いましょう、喫驚しちゃアいけませんぞ」「早く早く・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・としての烙印が彼の性格におされた。「われ日本の大船とならん」というような表現を彼は好んだ。また彼の消息には「鏡の如く、もちひのやうな」日輪の譬喩が非常に多い。 彼の幼時の風貌を古伝記は、「容貌厳毅にして進退挺特」と書いている。利かぬ気の・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・日に焼けて、茶色になって、汗のすこし流れた其痛々敷い額の上には、たしかに落魄という烙印が押しあててあった。悲しい追憶の情は、其時、自分の胸を突いて湧き上って来た。自分も矢張その男と同じように、饑と疲労とで慄えたことを思出した。目的もなく彷徨・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・の災害にかかると、当人は冷や汗を流して辟易し、友人らはおもしろがってからかうのである。せっかくの研究が「いかもの」の烙印を押されるような気味が感ぜられるからである。それでも気の広い学者は笑って済ますが気の狭い潔癖な学者のうちには、しばしば「・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・もと大夫には三人の男子があったが、太郎は十六歳のとき、逃亡を企てて捕えられた奴に、父が手ずから烙印をするのをじっと見ていて、一言も物を言わずに、ふいと家を出て行くえが知れなくなった。今から十九年前のことである。 奴頭が安寿、厨子王を連れ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫